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高齢者ケア国際シンポジウム
第1回(1990年) 不安なき高齢化社会をめざして


第3部 発表  デンマークにおける高齢者ケアの概観

デンマーク高齢者研究所・所長
H.Kirk,M.D.



1.デンマークにおける高齢者ケア:長い公的責務の伝統
デンマークは、人口500万人のヨーロッパの小国である。平均寿命は他の北欧諸国とほぼ同じで(男性71歳、女性77歳)、65歳以上が人口の16%を占めている。
デンマークには、保健・社会政策における長い公的責務の伝統がある。1930年代から、各地方自治体の責任において、高齢者の在宅ケア、ナーシング・ホームなどの保健・社会サービスが提供されてきた。これらの政策は、1970年代に見直しが行われ、また、1982年の国立高齢化委員会の報告書を受けて、総合的な高齢者政策が開始された。

2.人口の動向:ヨーロッパのなかのデンマークにおけるケアの負担
デンマークの人口の動向は、EC諸国の大多数と同様である(表1)。

表1 1965年〜2020年のデンマークとEEC諸国の65歳以上人口の推移

しかしながら、デンマークは出生率が低く、しかも退職年齢が低下しつつあるため、ケアの負担はEC諸国よりも重い。2000年には、就業成人人口に対する老人年金受給者の割合が、ヨーロッパの平均値では25%未満にとどまるのに対し、デンマークでは30%に迫ると予測される。
特に80歳以上人口について、ケア負担が顕著である。この人口は、1960年以来、250%の上昇を示しており、今後35年間にはさらに50%の上昇が予測される。

3.サービスの組織化
(1)在宅ケア
健康上の問題や機能的身体障害をもつ高齢者に対しては、保健社会援助法の下に、自治体の責任において在宅介助と在宅看護が提供されている。在宅介護では、掃除、洗濯、買い物、調理、身の回りの介助など各種の個人的援助が行われる。自治体のホームヘルパーが、地域社会に住む高齢者のほぼ20%にサービスを提供している。
恒久的な在宅介助を必要とする高齢者には、自治体が無料でサービスを提供している。在宅看護は、デンマークのほとんどの自治体が無料で提供しており、現在では24時間体制となっている。ホーム・ナースとホーム・ヘルパーがチームを組んで活動しており、自治体の規模に応じて、小地域で活動していることが多い。在宅介助を必要とする高齢者がいれば、高齢者自身、親族、家庭医、または病院から在宅介助当局へ連絡される。在宅介助の必要性の判断は、主としてホーム・ナースによって行われる。
一部の地域では、在宅ケア当局が高齢者への予防的家庭訪問制度を発足させている。

(2)住宅および施設
デンマークの高齢者の6%は、ナーシング・ホームに住んでいる。これは、主として重度の老年痴呆または片麻痺の高齢者である。ナーシング・ホームのスタッフは、看護婦のほか、理学療法土、作業療法士などの専門家が配置されている。デンマークの社会援助法の下に、ナーシング・ホームは自治体によって設置され、自治体または有志団体が事業主体となって運営されている。ナーシング・ホームのスタッフと居住者比率は、ほぼ1.1:1であり、通例、居住者は個室に自分の家具を持ち込んで住んでいる。このため、デンマークのナーシング・ホームの経費は、国際的に比較するとかなり高い。居住者1人当たりの平均年間経費は、約700万円であり、最新の施設では約1000万円となっている。
1987年には、新たに高齢者住宅供給法が成立し、高齢者がなるべく長く自宅に住み続けられるように適切な高齢者用個人住宅を建設する権限が、自治体に与えられた。これらの住宅は、在宅ケア・センターと密接な関連を保って建設されることが多い。したがって、このような個人住宅では24時間体制の在宅ケア・サービスが可能であり、部分的にナーシング・ホームの代替と成り得る。しかし、障害をもった高齢者の住宅ニ一ズの大半は、一般家屋の自宅を改造することや、技術的援助を行うことによって満たされている。これらのサービスは、社会援助法の下に、自治体によって提供されている。

(3)保健医療サービス
デンマークのヘルス・ケア制度のかなめは、一般開業医である。このため、デンマーク国民はだれもが家庭医をもっており、家庭医が病院や専門クリニックでの専門的サービスヘの門戸となっている。
高齢者にとって重要な専門的保健医療サービスの1つが、老人医学である、デンマークでは、老人医学の発達に先立って、病院の長期ケア部門が確立されていた。これが、近年まで学問分野としての老人医学が導入されなかった理由といえよう。老人科およびそれ以外の科について、高齢者患者の平均入院期間を、表2に示す。


表2 老人科およびそれ以外の科のべッド数、高齢者のべッド使用日数、および全デンマーク国民のべッド使用日数

4.サービス間の調整の問題
(1)白治体と国の役割の違い
一般にデンマークの保健医療サービスは州が費用を負担している。州の平均人口は300,000人である。しかし、在宅看護をはじめ、在宅介助、ナーシング・ホーム、各種援助、住居改造などの高齢者サービスの費用は、自治体が負担している。
高齢者ケアに関する経済的責任が2つのレベルに分かれていることは、時にさまざまな調整上の問題を引き起こしている。病院の急性疾患病棟は、むろんすべての急性病患者に開かれていなくてはならない。しかし、高齢者患者が治療やリハビリテーションを必要としなくなったとき、自宅へ退院してからの財源は、地域社会に依存する。過去数十年間にわたって、多くの高齢者患者が、在宅介助、住居改造、またはナーシング・ホームのベッドの空きを待ちながら、急性疾患病棟のベッドをふさいでいるという状況であった。近年まで、順番を待つ患者の長期入院の費用は州が負担していたため、自治体にとっては、在宅介助とナーシング・ホームの収容力を比較的低く保つことが、経済的に得策であった。
1988年から、2〜3の州において、地域社会の施設の不足に起因する長期入院を防止するための具体的なプロジェクトが実施されている。このプロジェクトにより、自治体は、退院決定から5日以内に在宅ケア・サービスまたはナーシング・ホームのべッドを提供しなくてはならない。期限内に適切なサービスを与えられない場合、自治体は州に対し、病院に滞在する宿泊部分費用と同額の日額課金を支払わねばならない。
北ユトランド州(人口500,000人)では、この種のプロジェクトを実施した結果、高齢者のベッド使用数が顕著に低下した。また、ヘルス・ケア従事者、行政当局者、および政治家の間に、地域内の病院使用手続きへの関心が喚起された。さらに、病院への紹介入院・退院のパターンを改善することを目的としたプロジェクトが新規に開始されたことも、この関心を活性化している。これらのプロジェクトは、部分的に、日額課金を積み立てた予算のなかから一定比率を財源として行われた。
異なった行政単位が負担しているサービスの間を調整することの問題は、上述のようなプロジェクトのみでは解決できない。職業的技能および態度の違い、政治的および行政的伝統の違いも寄与している。したがって、サービスの調整を計画する際には、すべてのレベルにおいて、自治体および州の側から高齢者ケアのスタッフ・グループ、行政当局者、および政治家の参加により、定期的な会合をもつことが重要である。
1985年には、デンマーク保健委員会が、高齢者のための保健・社会サービスの調整について一連の勧告を行った。特に、高齢者の入院に関連した具体的な現実問題が重視され、下記の5つの事項が勧告された。
・入院の手続きを改善する
・急性疾患病院での老人医学的評価を改善する
・個々の患者の退院計画を改善する
・退院時の手続きを改善する
・急性疾患による再入院を防止するための追跡手続きを発足させる
高齢者患者の退院は、後日に不必要な再入院が起こるというリスクがあるために、非常に慎重を要する出来事と考えられていた。この勧告の後、いまではいくつかの自治体が、退院手続きを改善するための具体的な制度を発足させている。1つの方法は、在宅ケアのスタッフを招いて退院手続きの計画に参加させる。もう1つの方法は、在宅ケアのスタッフが病院から自宅まで患者に付き添い、あらゆる現実的な措置を講じることである。第3の方法は、病院のスタッフが家庭医に連絡を取り、退院後1〜2週間の時点で自宅訪問するように依頼する。効果的な薬物治療を確実に行うことも、このような措置の目的の1つである。

(2)順番待ちリスト
順番待ちリストは、大都市の典型的な問題である。高齢者の慢性病患者が、ナーシング・ホームや各種高齢者用住宅の空きを待っている。また、病院で外科手術を待っている患者の大半は高齢者である。
ナーシング・ホームの順番待ちリストについては、何度か分析が行われている。1988年には、ナーシング・ホームの47,000のベッドを、約4,500人が待っており、平均待ち時間は3か月であった。しかし、特に大都市では、かなりの数の病弱な高齢者が1年以上にわたって空きを待たねばならない。むろんサービスの収容力を合理的に計画するためには、短い順番待ちリストの存在が不可欠である。一般に、順番待ちリストがナーシング・ホームのベッド数の10%であれば許容できる。
順番待ちリストを短くするための重要な前提条件の1つは、高齢者に順番待ちリストを紹介する前の評価を改善することである。過去数十年にわたって、そのような評価を病院の老人科で行うべきであるか、高齢者の自宅で行うべきかという論議が行われてきた。デンマークでは、高齢者をナーシング・ホームに紹介することは、個々の自治体の責任で行われているため、統一された手続きが存在していない。病院の老人科で評価を行っている地域もあれば、一般開業医が専門家として評価を行っている地域もある。
一般に、今日行われている評価は非常に正確であり、重度の障害をもつ高齢者のみがナーシング・ホームに入所を認められている。しかし、このことによって、近年、ナーシング・ホームの介護負担が増大しており、ナーシング・ホ一ムのスタッフを増員しなくてはならないという問題がある。

(3)社会的入院
急性疾患病棟へ高齢者を入院させる際の基準については、いくつかの研究が行われている。高齢者入院患者の25〜35%が社会的理由による入院であることが、ほぼ一貫して認められている。この「診断」は、入院申込書に直接的に表記されることもあれば、「血管障害」「錯乱」などの医学的診断の背後に「隠されて」いることもある。社会的理由で入院する患者は、主としてさまざまな慢性疾患と社会的問題をもった高齢者である。多くはひとり暮らしであり、社会的に孤立している。1年に数回の入退院を繰り返すことも多く、さまざまな社会的問題の解決が十分に援助されていないことが特徴である。また、高齢者のニーズを発見し満足させるために、臨床・パラクリニカル診断手続きなど、いくつかの医学的努力が行われているが、社会的理由による患者は、いまなお大半が精神社会的問題の患者である。
急性疾患病棟への不必要な高齢者の入院を回避するために、いくつかの提案が示唆されている。具体的に成功を収めた発案の1つが、24時間体制の在宅ケア・チームの導入である。一般開業医は昼夜を通じて勤務しているが、在宅ケアは、最近まで夕刻と夜間には利用できなかった。いまではデンマークの自治体の60%以上が、24時間体制の在宅ケアを提供している。ホーム・ナースとホーム・ヘルパーがチームとなり、医師、高齢者自身、または親族から連絡を受ける。このチームは、急性疾患で高齢者が看護や介助を必要とする場合に呼ばれたり、就寝時など定期的な約束によって活動したりする。この方法により、在宅ケア・チームは、在宅高齢者へのナーシング・ホーム的なチームとして機能的に活動している(図1)。



24時間体制の在宅ケア・チームの導入は、社会的入院の回避に寄与するほか、ナーシング・ホームの代替としても機能するが、倫理的な問題を検討する必要がある。在宅ケアを受ける患者の大半は、ひとり暮らしであり、他人との接触を必要としている。在宅ケア・スタッフの短時間の訪問だけでは、家族や親族との接触の代替として十分ではない。大都市では、独居高齢者を社会的に孤立させたままで在宅ケア・サービスを提供するよりも、むしろナーシング・ホームやグループ住宅へ紹介すべきではないかと、しばしば議論されている。

(4)老人医学の教育と研究における人材の不足
専門分野としての長期医学が、正式にデンマークに導入されたのは、1973年であったが、前述のように、この分野には、高齢者患者のニーズを満たすだけの人材が与えられていない。本来、デンマークの長期医学は、イギリスの老人医学とも、スウェーデンの長期医学とも異なっている。イギリスでは、厳密な年齢制限があり、また、特定の重度障害をもった高齢者に対する定期的な生涯ケアが含まれている。一方スウェーデンでは、いわゆる付属的病院での定期的な看護ケアが含まれている。
したがって、デンマークの長期医学は、老人病院の患者または重度の障害をもった成人患者を対象とする医学分野である。しかし、長期病棟の患者の入院期間は、2〜3か月を超えないのが普通である。恒久的なケアは、すでに述べたように、ナーシング・ホームの問題である。
近年、長期医学の概念をイギリス式の老人医学の概念に変化させるための努力が行われている。これにより、患者の入院期間ではなく、高齢者患者としての診断、評価、および治療に従った定義が行われるべきである。この方針に従い、遠からずデンマーク初の老人医学教授が任命される。この分野での臨床教育と研究に高い優先順位が与えられるものと期待される。

5.サービス開発および高齢者参加の動向
(1)予防的家庭訪問
デンマークではいくつかの自治体が、いまでは地域社会に住む在宅高齢者のために、予防的家庭訪問の制度を発足させている。首都コペンハーゲンの近郊Roedovreで行われた研究プロジェクトから非常に興味深い結果が得られており、力づけられるものである。この研究結果は、British Medical Journal,1984(1)に掲載された。介入群として3年間に75歳以上の高齢者300人を無作為に選び、3か月ごとに医師またはホーム・ナースによる家庭訪問を実施して、面接と健康増進についての指導を行った。高齢者のニーズが満たされていないことが分かった場合、適切な専門的援助を受けるように指導した。3年後、介入群と対照群を比較した。対照群に比して、介入群では死亡率が有意に低下していることが見いだされた。さらに、入院日数が25%減少し、ナーシング・ホームへの紹介と医師の往診も減少していた。
Roedovreでの研究報告を受けて、いくつかの予防的家庭訪問プログラムが開始された。これに関与している職業や、家庭訪問の対象とする老人集団を特定するための年齢基準は、プログラムごとにさまざまである。

(2)セルフ・ヘルプ・グループ
デンマークの高齢者の約40%は、ひとり暮らしである。このうち約80%が、子供や親族と頻繁に接触している。しかし、残りのグループは、かなり孤独な生活を送っている高齢者である。さらにこのグループには、健康的・社会的に最も問題の大きい個人が含まれている。
デンマークの労働市場の変化により、いまでは60歳未満の女性の85%以上が就労している。このような動向が一因となって、家庭の人材によって独居高齢者の援助を十分に行うことは期待できない。
セルフ・ヘルプ・グループについては、過去5年間に、いくつかのプロジェクトが開始された、これらのグループは、活動的な老人によって構成され、ほとんどが女性である。セルフ・ヘルプ・グループは、社会的ネットワークを増強するために、さまざまな活動を開始している。これらの活動が、公共・民間の基金によって運営されている例も、いくつかある。自治体の援助としては、グループが会合を開く会場の提供や、その他活動に必要な施設の提供が可能である。しかし、健康のリスクが最も大きい高齢者をセルフ・ヘルプ・グループに加えることができるかどうかは、まだ結論を下すことができない。

(3)グループ住宅
独居高齢者の健康リスクに関するもう1つの問題点は、グループ住宅を作ることの可能性である。グループ住宅というアイディアは、セルフ・ヘルプ・グループに住宅を与えるというものである。このような住宅としては、地方または郊外の中古家屋をいくつかの住居に分割したもの、あるいは市内のアパートメントが可能であり、そのなかにグループ活動のための部屋を設ける。


図2

これまでのところ、グループ住宅(図2)が作られた実例は少ないが、高齢者の間では関心が増大している。最初の実例は、比較的活動的な高齢者女性のために作られたものであった。問題は、慢性疾患や障害をもった高齢者に、グループヘの参加を奨励することが可能かどうかである。グループ住宅は、現在、有志の発案によって作られているが、将来は、特にグループ住宅によって住民への保健・社会サービスのコストが低下するとしたなら、自治体が主体となることも可能である。
老年痴呆の高齢者のためのグループ住宅を作ることも、一案である。いくつかの自治体が、そのようなアイディアを計画している。むろん、グループ住宅に住む高齢者のために、ある種のスタッフを配置しなくてはならない。

(4)老人団体の役割
デンマークでは、いくつかの老人団体が活動している。これらは、本来は慈善団体であったが、いまでは消費者運動の方向へ変化する傾向がある。最大の団体(エルダーケース)は、2年間に200,000人の会員を新規加入させている。いまではこれらの団体の地方支部が、自治体の計画作業とサービス開発に参加している。また、老人団体が設立した会社が事業主体となって、高齢者用住宅が建設されている(図3)。


図3

一般的傾向として、中央レベルでも地方レベルでも、政策決定において高齢者自身の意見がますます重視されてきている。また、若い年齢層が自分自身の老後をどのように考え、何を期待しているかを明らかにするために、調査が行われている。これらの調査から、未来の高齢者は、現在の高齢者と比べものにならないほど活動的であり、より以上に自立していることを期待している。







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