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には世界的な合意に達することは困難であり、環境の予測技術は極めて大きな意味を持つ。

現在の地球環境問題の特徴は、従来の公害問題と比較すると時間的にも空間的にもスケールが大きい事にある。例えば異常気象・温暖化現象に見られるように、空間的には全地球的な問題であり、時間的にも少なくとも数十年先を見越した対策が必要であり、したがって数十年あるいは数百年先までの予測が可能でなければならない。そこで世界中の大気海洋の研究者は争って全球的予測数学モデルを開発中である。当然のことながら熱・運動量・物質の大気海洋間の交換過程や大気海洋中の移動現象などの力学・化学・生物過程をモデルに正確に反映する必要がある。

ところがこのための海洋の計測データが大気に比べて極めて不足している。この事は海洋の計測手段が不足していることが最大の原因である。人間の生活している空間と深海底の圧力差は数百気圧にも及ぶし、海水中では電波を通信手段として使えないと言うハンディがある。良く言われるように、海洋調査は宇宙調査よりも困難であると言う根拠はここにある。しかしながら熱・運動量・物質の膨大な貯蔵庫であり、長期の現象にたいして支配的な影響を与える海洋の調査を抜きにしては地球環境問題の対策は一歩も先へ進めないところまで来ている。したがって先端的で新しい海洋計測法の開発が必要である。

海洋中の流れ場の計測データは地球環境の予測法を開発する上で特に重要である。海洋中には大気中と同様に地球規模の循環がある。この内の深層循環は高緯度の冷熱を低緯度に運び地球上の温度の平準化に重要な役割を果たしている。毎秒数mmと極めて小さい速度である上に時間的にも周期1000年以上の現象であるので、計測にはC14やアルゴン39などの同位元素の濃度を測定する化学トレーサー法がもっとも有力である。

黒潮やガルフストリームに代表される表層循環、いわゆる海流は風による摩擦応力によって主に駆動されるとされている。現在の主流はCTD(Conductivity-Temepature-Depth meter)センサーによって塩分・水温の鉛直分布を特定海域で複数点計測し、力学計算によって流速を求める間接的方法であるが、精度向上には直接的に流速計で計測するための海中ブイシステム及び海面付近の水温・流速データを実時間で計測する海面ブイシステムの開発が重要である。米国大気海洋局の開発したアトラスブイシステムに習って日本でもJAMSTECが太平洋全域に海面ブイシステムを展開する計画を遂行中である。海面ブイは研究者が実時間で計測データを取得することを強く望みだしたことによって、海洋計測の主流となりつつある。海面ブイシステムからアルゴス衛星を通じて、データを直接研究室へ送り、同時刻の人工衛星画像による海面温度その他のデータと比較すること等は一般的になりつつある。

深層循環と表層循環のほかに海洋には中層循環が存在する。中層循環は表層循環や深層循環のように駆動力にはっきりとした区別があるわけではなく、恐らくその両方によるものであるが、それだけになかなか複雑であって、これをブイシステムのようなオイラー的計測法ではなかなか捕え難い。そこで現在はラグランジュ的計測法である漂流ブイの一種の中層フロートによる計測が主流である。中層フロートは海水よりも圧縮されにくいフロートを使用して、その中立釣合深度維持能力を利用するもの(Passive Control)とポンプその他のアクチュエータを備え浮力を制御するもの(Active Control)がある。さらに、これらに昇降時に方向制御機能を付加して、大洋を横断または長期間一点に止よって観測しようとする計画もある。

深層循環、表層循環、中層循環を総称して、海洋大循環と呼ぶが、これらは地球規模の循環に関与している。これらの大循環が地球規模の熱量の南北輸送に直接関与する。その他にこれらの大循環に伴って、渦が発生する。直径200〜400kmの渦を中規模渦と呼ぶ。中規模渦は鉛直に軸を持ち、海面から海底までその速度場が達する。この中規模渦は先に述べた中層フロートによって発見され、海中ブイシステムによって定量的に測定された。

さらに地球環境予測のためには炭酸ガスなどの物質の計測も重要である。従来からも海洋中の物質の計測は行われてきたが、それは観測船を止めて採水ボトルを降ろし、海水を採集して、研究室で分析する方法が主であった。この方法では機動性に乏しく、空間的に連続計測を行う事は、ほとんど不可能であると言える。海洋中の流速・水温・塩分・溶存炭酸・溶存酸素・濁度・クロロフィル・PHを同時に実時間でかつ高速で移動しながら計測する事が可能な高速曳航式海洋物理・化学観測ロボットがこのために開発された。

現在大洋を横切って連続計測を行うための自律型海洋調査艇の技術開発が各国で密かに、あるいは大々的に行われている。日本では東京大学生産技術研究所と三井造船(株)のR1計画、ヨーロツパでは英国海洋研究所のAUTOSUB計画などである。自律型のビークルの開発は先端技術の結晶ともいえる分野であり、海洋工学が主導的に研究開発を行える部分である。海洋の環境保全技術に関して船舶海洋工学が直接的な責任があるのは、流出オイルの回収技術である。年間に海洋に流れ込む原油類の量は1985年の統計では330万トンと推定され、このうち船舶からの量が55%にも達する。このうちタンカー事故によるものは十数パーセントをしめている。このためにタンカーの2重底構造の義務づけや油回収船・オイルフェンスの開発などの対策がたてられたが、平成9年冬季の日本海におけるロシア船「ナホトカ」による重油流出事故に見るまでもなく万全とは言い難い状態である。

またこれまで述べてきた海洋空間利用や栽培漁業のための沿岸海域の開発に伴う海洋環境の悪化を改善するための海域制御(ミチゲーシヨン)技術の研究が行われているが、このためには従来の海洋工学が不得意である生態系の研究が不可欠であり、しかも海洋の現状の解析に止まらず予測モデルの構築が重要である。この分野はこれからの海洋工学の重要分野となると思われる。

講演では以上の要旨で触れた事柄について、具体例を示しながら将来の方向について考察する。

 

 

 

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