ところで、このような経過の中で、弁護士の要請により、土地・家屋は遺言通りに弟が入所することになった施設を運営する法人へ寄贈される事となりました。したがって、運営委員会が寄贈を受けた法人と賃貸借契約を結び、グループホームとして管理運営を行い、長期的な家屋の建て替え等は法人が行うということになりました。
このような経過を経て、平成8(1996)年11月1日、本グループホームは5名の入居者を迎え、2名の職員と地域の様々な人たちの支援を受けながら運営を開始しました。
入居者は日中これまで利用していた地域作業所へ通所、休日も含めホームでの生活が始まりました。2名の職員は交代で勤務に当たることとし、夕食の準備から夜間の宿泊、そして朝は朝食と弁当の準備をし、利用者を作業所へ送り出すという毎日が始まったのです。
アルバイトの人たちが数人、宿泊も含め支援に当たることもあります。そのような時は職員は必要な時間に勤務する体制をとっています。
また、「在援協」のコーディネーターが実際に宿泊して入居者や職員の相談にのったり、職員が急病の時などは、運営委員会の事務局員や地元のボランティアが支援に入るなど、様々な状況に応じた支援体制が工夫されています。
現在、開設から1年数ケ月が経過しましたが、福祉事務所との粘り強い交渉によって、利用者が生活保護を受けることができるようになりました。その後も職員の病気による退職、交代など、次々と起こる危機的状況を乗り越えて、グループホーム運営は徐々に安定期に入ろうとしています。ホームに落ち着いたAさんは、近隣の人からも、「帰ってこられてよかったね。」と声をかけられています。
4. 残された問題
障害がある子をもつ親が遺した家屋をグループホームとして運営し、今までの地域生活の継続を実現した一つの例をお話ししましたが、このホームの開設・運営を実践する中で今後解決しなければならない様々な問題もでてきました。
それは次のようなものです。
(1) 土地・家屋の法人への寄贈と、Aさん姉弟の生活の継続について
一般的には、親が亡くなれば遺された子供が財産を相続し所有権を持つわけで、親の遺した家屋に住んで、地域生活を継続するのが普通です。しかし、本件の場合、死亡後の混乱を恐れた父が、弁護士に対し子供の施設入所と引き替えに、法人への土地・家屋の寄付を依頼、入所までの財産の信託を遺言として遺さざるを得なかったという事情がありました。
これは二つの問題を提起していると思います。その一つは、親の死後、知的障害をもっている本人の要望にそって適正に財産を管理する支援システムがないことです。現在検討されている成年後見制度の1日も早い制度化が望まれます。
もう一つの問題は、もし本人に所有権があったとしても、食事の提供を始めとする生活全般にわたる支援を受けながら、実際に地域生活を継続できるシステムが、現在ではグループホーム制度しかないことです。本来ならば、遺された姉弟2人の元の家での暮しが実現されるべきでしょう。しかし、グループホームとしての運営の限界、また障害の状況等のため、弟さんは入所施設の利用を余儀なくされるという結果となってしまいました。ホームヘルパー制度の充実や、地域における日常的な相談など、もっときめ細かな生活を支援するシステムが必要ではないでしょうか。
なお、私たちは、本人の権利擁護という観点からも、何とかこの土地、家屋を本人達が相続できないか、弁護士と協議しましたが、弁護士によれば遺言の適正な執行という観点から、結局法人へ寄付せざるを得ないとの結果となったということです。