現代に再生した『心中天網島』
ピッコロ劇団の課題も添えて
大川達雄
どのような形にせよ、いずれは登場すべき近松門左衛門であった。なにしろ、この地になじみ、墳墓さえ持つ深いゆかりのゆえに。それが意外と早くやって来た。尼崎市制80周年記念事業への参加要請も会って、昨秋、兵庫県立ピッコロ劇団は第5回公演で『心中天網島』戸取り組み、本拠ピッコロシアターのほか、東京初公演も果たした。
当然、話題を呼んだ。と同時に、評判は賛否両論に分かれた。辛い評もある。だが、旗揚げからわずか2年余、まだひよっこの域を出ない劇団には、むしろいい修練の場になったとみたい。他の群小劇団のどこが、これだけの注目を浴び得るか。観劇から半年、薄らいだ記憶の糸をたぐりながら、以下、舞台の跡を検証する。
原作は、数ある近松作品の中でも、最高傑作の一つとされる世話狂言である。大坂・天満の紙屋治兵衛を曽根崎新地の遊女小春が心中へ追い込まれていく。この話、芝居好きならとっくにご承知だろう。で、詳述は省く。これを、石澤秀二が50年前の、現代の大阪に移し替え、開戦直後のエネルギーあふれる闇市的空間に、近松の世界を再生させようとした。
石澤の台本・演出は、水滴の音に始まり、秋の夜の月の青さと川面の青と映した。水の精達の青の衣装が清冽の気を強める。水色のレクイエムというわけだ。この導入部はいい。そして、序章はここまででよかった。が、そこへお初・徳兵衛、おきさ・二郎兵衛、お亀・与兵衛…と、“近松心中物語”の主人公たちが、次々に現れては、消える。これがくどすぎた。いつ、本題にはいるのやら。大方の不評はまずここに集中した。
待ちくたびれたころ、舞台は現代の曽根崎新地へ転じた。大きな格子が立ち上がって来て,廓を牢獄と化す。続く紙屋内の場も同様で、仕切り障子が管理社会を視角化する。時代の閉塞状況を明示して鮮やかだ。さらに、治兵衛の兄孫右衛門を小春の語りを影絵にして見せ、その影法師に治兵衛ガ小刀を突き出す。距離感が申し分ない。
全般の構成も、彼岸に向かう小春・治兵衛を、彼岸に在る女房おさんおめで見つめさせ、人物のせりふと水の精たち=コロスによる語りを、現在の大阪弁と原本の事場で仕分けた。その試みがおもしろい。終幕、小春を弔うおさんお姿に強く光を当て、演出者の意図を明確にしている。
ただ、こうした着想が十分の成果を得たとはいい難い。一つには、石澤お得意の南北劇と異なって、近松芝居を現代化する事の難しさがあげられる。二は演技者の均質性にかかってくる。
出演者19人。一人ひとりがよく鍛えられ、年齢差も10歳と違わない若い集団だから、登場人物の個性がよほど際立たないと、だれがだれだか分かりにくくなる。このことの弊は、前回の『四人姉妹』評で触れた。幸い、今回は明らかな主役、ワキ役、それにコロスと振り分けられたため、人物の識別に振り回される混乱は避けられた。
とはいっても、演技に濃淡の色が乏しい。コロスの集団技に有効としても、人物の対立感なり劇性を弱め、主題を薄める結果となった。あるいは、ないものねだりの無理な注文だったか。高望みが過ぎたかもしれない。それでも、この課題は今後も公演のたびに持ち出されるだろう。まあ、長い目で見守っていくことにしよう。
さて、もうひとつの『スパイものがたり』にも触れておく。昨年末から本年初めにかけて、県下四会場で開いたセミナーの題材で、最終日に地域交流公演として取り上げた。県立劇団ならではの企画だ。
ある街に在る日スパイがやって来て、いつかいなくなるまでの物語。別役実の初期の小品だが、なにしろ秋浜悟史の演出だから彩り豊かに、活力に満ちた。アンサンブルに不足はなし、さきの個性の有無にそれほどこだわる要もなしで、元気をいっぱいもらったものだ。
〈演劇評論家〉