奨励賞
地域振興としてのエヨ.ツーリズム
-高知県大方町砂浜美術館の事例から-
菊地 直樹
要 約
エコ・ツーリズムは、様々な主体によって「持続的開発を実践している観光」「環境にやさしい観光」「自然と共生した未来の観光」などと評されているが、そのようにとらえるだけでは、エコ・ツーリズムを理念化・理想化してしまい、その社会性(さらには政治性)を捨象してしまいがちとなる。ここでは、エコ・ツーリズムを、単に経済的側面にとどまらない、文化的・社会的・生活的側面を含めた広い意味での地域振興の装置としてとらえたい。
エコ・ツーリズムを社会現象としてとらえ、「エコ・ツーリズムとは現代社会において自然環境を中心とした環境を対象とする観光が生み出した諸々の社会現象」というかなり広くとらえる定義を仮説的に採用する。そして、ホスト社会の人びとが、エコ・ツーリズムとのかかわりのなかで、自らの生活、文化をどのように位置づけ直しているのかという視点を重視したい。
高知県大方町は、高知市から西へ103kmの高知県西南部に位置している。人口は、1996年10月で10,801人、わずかずつであるが減少している。高齢化率は24.8%である。その大方町では、1989年から、大方町の自然を活かし、大方町でしかできない観光といえる「ホエールウォッチング」と「砂浜美術館」が展開している。
砂浜美術館とは、4kmにわたる砂浜そのものを美術館と位置づけ、そこに意義と主体性を見出すことによって新しい価値観を創造しようという「考え方」である。美術館といっても建物があるわけではなく、砂浜を中心とした自然とその自然とのつきあい方(環境文化)、それを伝える手段としてのイベントが砂浜美術館なのである。考え方とは「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です。ものの見方を変えると、いろいろな発想がわいてくる。四キロメートルの砂浜を頭の中で『美術館』にすることで、新しい創造力がわいてくる。……」というものである。イベントとしては、砂浜に洗濯物を干す要領でTシャツを飾る「Tシャツアート展」、「砂の彫刻展(1994年中止)」、漂流物を展示したり漂流物に物語りを語らせる「漂流物展」などがある。
その考え方、活動、組織、歴史などの詳細は紙面の都合上省略せざるをえないが、その考え方、活動には、自分たちの町大方町には何があるのか、大方町に住む自分たちにとって大切なものは何かという思いと大方町で生きる人たちの決意が込められている。
入野の浜を頭の中で美術館とすることは、個々人の意識の中にあった、あるいは特別には意識されていなかった入野の浜を中心とする大方町の自然、文化、生活に「気づく」ことである。砂浜美術館は、人々の意識にあるだけではなく、関係性としてもある。個々人が個別に関わってきた入野の浜を中心とする大方町の環境を媒介として人々が関わっていく中で空間を共有化し、関係性としての共同性を「築く」ことである。砂浜美術館の活動は、入野の浜を、さらに大方町の自然、文化、生活、つまり広い意味での環境を「砂浜美術館」という考え方へと体系的に意味付ける過程であるといえるのではないか。つまり、環境文化及び地域文化を砂浜美術館へと客体化し、そのことによって地域の捉え返しが行われ、自らの文化を自らの価値観で語ることが行われている。