ナム同様劣っていたではないか。絶対的にマイノリティーであった。にもかかわらずなぜ勝ったかと思っていて、行ってわかったのですけれども、要するに国境の外からこのトンネルを使って、あるいはジャングルの中の運河を使って、中国製の武器、ソ連製の武器をほとんど無限に入れてきたわけです。だからどうにもならなくなって結局パリ会議で手を引かざるを得なかった。手を引いたとたんに北ベトナム軍が全土を制圧することになったわけです。
これはやはりベトナムの知恵と言うべきだろうと思うのです。そういう意味で今日ベトナムに対する一種の期待感というのは、そういうベトナムの国民性の知恵の部分と、それからトンネルを掘り続ける耐久力、そういうものに対する評価があって当然だろうと、私は思います。
ところが、それはそれでいいのですけれども、このベトナムはなぜ勝ったかというのを注意深く見ていた人がいるのです。それが北朝鮮の前首席金日成です。金日成はやはり同じことを考えた。ベトナムがなぜアメリカに勝ったかといえば、これはトンネルのせいだと、要はトンネルなんだと、だから我々もトンネルを掘るべきであるということで、1970年代の初期、つまりベトナム戦争終結と時をほとんど同じくして金日成は38度線の北側に布陣する12師団に対して1師団当たり2本掘れという命令を下すわけです。
ここで基本的に違うことは、ベトナムに行かれた方はご存じだと思いますが、ベトナムの土地というのは要するに泥である。ちょっと硬いことは硬いけれども、基本的には泥である。私はトンネルの中に入ると赤土のような気がしました。手掘りがきく。ところが朝鮮半島というのは全部岩なんです。あれは花崗岩なんです。そうすると全部ダイナマイトで爆破してトンネルを掘らないといけない。だから1970年代の初めに韓国軍の第一線は驚いた。とにかく1週間で5万回とか、大爆発音が国境地帯に響き始めた。何事が起こったのだと、多分要塞でもつくっているのだろうと、こういうことだったのですけれども、そのうち亡命者が出てきて、自分はソウル向けのトンネルを掘っていたと、またもう一人出てきて、自分もトンネルを掘っていたと、その連中が言うところ、こちらからこちらの方向に向かって掘ったというところを探っていったら、果たしてトンネルがあったのです。私が見た2本のトンネルは偶然発見されたもので、もう一本は東海岸に割に近いほうでソウルをめざしている。
それで、北朝鮮側が掘ってきたという証拠はいろいろあって、両端に溝がありますが、ドレーンが全部北朝鮮側に対して傾斜している。水がそちらに向かって流れるようになっているのです。恐ろしいのは、このトンネルが何本あるかわからないということです。12師団が2本ずつ掘ったとしたら24本あることになる。しかしその後も掘っているし、今も掘っている。今は政治犯に掘らしているという話です。ですからこれからいざとなると、ソウル市内にワッと韓国陸軍の格好をした兵士がドッと出てくる。
やはり北朝鮮はあそこの国は何でもありだと思うのです。絶対に攻めてこないということはあり得ない。何しろラングーンの墓地を襲撃したり、青瓦台を襲撃したり、88年オリンピックを阻止するために大韓航空機を撃墜したり、何をやるかわからないわけですから、そういう意味の恐さは非常にある。だから東北アジアの交流の中で一つ障害になっていますのは、通貨の問題もさることながら北朝鮮であって、北朝鮮を何とか開放にもっていって、それは日本人妻が端緒になるのか、あるいは食糧危機が端緒になるかわかりませんけれども、とにかく何とかこの国を開くという方向にもっ