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【5月5日 ヴィルヘルムスハーフェン】

 

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5月4日、私たちはデュッセルドルフからの長い移動を経て、ドイツ最北部のヴィルヘルムスハーフェンという町にやって来ました。私はこの町を訪れるまで名前も聞いたことがなく、地図で見ると北海に面していて、デンマークがすぐといった感じです。とても落ち着いた感じの良い町です。遠くまで来た感じですが、やはり北の方に来たせいか、肌寒く、土曜のせいか静かです。
さて、小さな町ですので、ホテルは3つに分かれての宿泊となりました。私の泊まった“ZuRKRONE”の部屋はシンプルな勉強部屋といった風で、すっきりしていていいのですが、困ったことに鍵が重く古いもので、なかなか開けたり閉めたりができないのです。中からも鍵穴にキーを差し込んで回さなくてはならないのです。開かなくなったり閉まらなくなったり、仲間を総動員して“開け閉めの練習”。そして鍵穴にチェロの某さんの“呉(クレ)556”もどきスプレーをかけて滑りをよくしたり。それにしても、普通でもなかなか開けられないこの鍵、火事などの非常時には絶対焦って部屋から出られない!どうしよう!と恐れつつも眠りについた私でした。
翌5月5日は演奏会当日。ホールはイトーヨーカドーのような大型店舗の上にあり、“多目的ホールで響きもよくないのでは”と思っていましたが、いざ奏いてみるとさすがドイツ。このような小さな町にも素敵なホールがあるものだと感心しました。さて、今日のプログラムはファリャにラロ、そしてこの旅が始まって初めてのリムスキー=コルサコフ。まさにスペイン・プログラムで個人的に大好きな曲ばかりです。そして今日の特別プログラムはゲネプロ前に。そう、5月5日はマエストロ広上のバースデーなのです。R=コルサコフが始まるとおもいきや、フル・オーケストラで“Happy Birthday!”団員の書きたい放題!?の寄せ書きもプレゼント。喜んでいただけたでしょうか?
コンサートは、今日も満員の聴衆で、とても温かい雰囲気に包まれて、とても演奏しやすかったように思います。渡辺玲子さんも大熱演で、地元の聴衆の人々は、彼女の小さな体からは想像もつかないエネルギッシュな演奏に驚き、感動したことと思います。
それにしても、普通日本人が観光で訪れることは大変少ないであろう、この小さな北の町。町の人々はこの2日間、あふれかえった日本人を見て何を感じたことでしょう。私はもしかしたら一生知らないままだったかもしれないこの町に出会えて、嬉しい気持ちで公演を終えることができました。
追記:しかしここの2泊は、本当に寒かったです。ここで風邪を拾った私は、のちのちプラハまで尾を引くこととなりました。
(九鬼明子 ヴァイオリン)

 

公演日:1996年5月5日(日)
公演地:シュタットハレ・イム・イエデンツェントゥルム(ヴィルヘルムスハーフェン)
情熱と官能性

 

 

日本フィルハーモニー交響楽団、多大な感銘を与える
《ヴィルヘルムスハーフェン新聞 1996年5月7日付け》

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ヴィルヘルムスハーフェンのコンサート聴衆は日曜日、シュタットホールで二人のただならぬ音楽家と知合うことが出来た。指揮者の広上淳一と、女性ヴァイオリニストの渡辺玲子である。
広上淳一に匹敵する人物は思い浮かばない。彼は38歳。身振り、ジェスチャーの才能と精力的という点で抜群である。彼が指揮する日本フィルハーモニー交響楽団には、身振りによるきめ細かな言葉のようなものがあり、どんな小さな音にも、それらを表すシンボルのようなものがある。さまざまな和音には、紙切れ一枚をはじくような音から、指でなでるような弱奏、および飛び上がるほどのフィナーレまで用意されている。その間、演奏者はきびきびした身振りの彼らの指揮者に従い、その正確さたるや並はずれている。
マヌエル・デ・ファリャのバレエ音楽「三角帽子」(メゾ・ソプラノ ポーニャ・バルトーシュが、柔軟性のある運声法と独特の魅力ある音質で期待に応えた。)では、あるいは音の面で、いくらか意味深長さに欠けていたかも知れないし、演奏が少し素直すぎたのかも知れない。が、しかし舞踏的な要素となかんずくストレッタで、オーケストラが素晴らしい仕上がりを見せた。
エドワルド・ラロの、ヴァイオリンとオーケストラのためのスペイン交響曲二短調作品21では、官能的なヴァイオリン演奏の独壇場となった。まだ若い渡辺玲子であるが、彼女はセンチメンタルな旋律と装飾音豊かな飾り立てを見事に混ぜ合わせ、また内面的な静けさと噴出するような情熱の混合がずば抜けてうまい。そしてどんな色合の音階スケールでも、この若き女性芸術家の意のままになり、そのアーティキュレーションは素晴らしく彫り刻んだように鋭い。また、どんなに難しく早い進行ですら、難なくこなす印象を与えるほどである。しかしながら彼女には、名人芸をひけらかす印象はまったく見受けられない。彼女の場合、音楽は祭器との融合を表すものなのである。このようなことを若い芸術家から経験することはめったにない。
広上淳一とそのオーケストラは、ニコライ・リムスキー;コルサコフのスペイン奇想曲を使い、音響、ならびに各楽器群の洗練された音楽的能力を表現しようとした。はっきりしたのは、日本フィルハーモニー交響楽団には、優れたクラリネット奏者ないしフルート奏者がいるということだけではないことである。魅力的なのは、広上の能力および最大音量のフォルテのときでさえ、常に透明さや柔軟性を示すその音響バランスの調整にある。そしてこの小柄な男が、どうやらこのフォルテに惚れ込んでいるようだということを、彼の空中飛びが物語っている。聴衆の感激の拍手に応え、二つのアンコールが演奏された。フーゴー・アルベーンの「エレジー」と和田薫(1961年生まれ)の「土俗的舞曲」である。
[ノルベルト・ティーズ 訳・宮沢昭男]

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