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献体40年に思う

 

京大白菊会

 

平素献体運動の普及にご尽力頂き、また、良きご指導を頂いておりますことに厚くお礼申し上げます。昨年四月の解剖百周年記念に続き日本の献体四十年の図書発行など輝かしい事業に敬意を表しますとともに、ますますのご発展を祈念いたします。
さて、私は昭和62年より京大白菊会理事に推されましてより、理事長安藤氏とともに今日に至っておりますが、わが京大白菊会は昭和36年に創立され、歴代理事長のもと順調に育ち35周年目になります。献体40年に際しあらためて京大白菊会の諸先輩の足跡を思い起こしつつ、これからの私達の励みにして行きたいと存じます。
京大白菊会初代理事長の島田市二氏は当時(昭和36年)京都大学学生部厚生課課長補佐の要職にあって、白菊会(本部)会員20数名とともに京大白菊会を創立され現在の発展の基礎を築かれました。氏は大変面倒見がよく、当時の医学生や教官から大変世話になったという便りがあります、本会会誌には「鹿ヶ谷の山沿いの道を最近市が手入れして桜、つつじなど植え込んで立派な散策道路ができた。拙宅の近く。鶴首してご来遊お待ちす。……」との一文を寄せられ、交遊の中から啓蒙をすすめられるなど、かくあるべしと見習う所大でございます。
二代目桐村八郎氏は医学部教務掛に在職の後、昭和42年重症心身障害児療育施設に移られてからも京大白菊会のためご尽力下さいました。しかし、永年のご苦労のためか、「会誌23号」では「76才になりました。創立以来未熟乍ら編集に携わって来ましたが、体力は落ちつくづく老境のわびしさを思います。この編集を最後として頂きたいと思います。」と、心身とも疲労困憊の様子が読みとれます。ご慰労の言葉もおかけ出来なかった事が悔やまれます。
昭和60年星野一正教授が理事長に就任され、さらなる発展をとげました。とくに昭和58年の献体法制定に至るまでの期間、制定のため全身全霊で奔走された記録は、「わが国の献体」(昭和59年日本解剖学会)に詳述されています。私たち会員には献体に関する基本的な事柄をわかりやすく説明して下さる一方、解剖センター見学会や「京大白菊会のしおり」の改訂等、積極的な運動をなされました。平成元年の京大白菊会総会で辞任を発表されたときは、多くの方より惜しむ声が聞かれました。
その後、現在まで安藤種治郎氏が星野教授の運動を継承され、教授がテーマとされた「生命倫理」について、私たちを啓蒙して下さいました。
献体運動の曲がり角と言われる今日ですが、全国連合会の末永いご発展を願っております。
(理事 藤井達三)

 

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