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秋田大学医学部における献体27年の歩み

 

秋田大学医学部

 

秋田大学医学部は昭和45年4月に、戦後初めて国立大学医学部として創設され、初年度は解剖、生化、小児科、内科、外科、産婦人科の6講座で発足した。解剖学講座は生化学講座とともに、手形キャンバスの鉱山学部燃料学科の旧校舎に仮住まいし、冶金学科の古教室で講義を開始した。また燃料学科の構内に遺体の処理保管施設を設置して遺体の収集に備えた。当時の最も大きな課題の一つは解剖学実習のための遺体集めであった。解剖学第一には東北大から中尾泰右が初代教授として赴任し、講座開設に追われながらも直ちに白菊会支部を設立し、数多くの機関・施設に協力を求めて連日県内をくまなく訪ねた。忘れることの出来ない思い出は、羽後町の開業医であった藤原宇三郎氏(羽後町立病院副院長の父君)から最初の白菊会入会の申し込みを昭和45年8月22日に、そして同年8月27日、県北の病院から最初の献体の連絡をいただいたときである。
秋田大学白菊会は、昭和45年医学部創設とともに東京大学に本部をおく白菊会の支部として発足したが、独立の気運がたかまり昭和56年6月19日、本部から倉屋利一会長、郡司乕雄理事長をお招きし医学部構内の本道会館で「秋田大学医学部白菊会」発足の記念式典が第1回総会をかね挙行された。
昭和45年以来の白菊会会員の入会数と一般(非会員)を含む献体数(収集遺体数)の推移を表に示す。昭和47年の最初の解剖学実習は学生8人、翌昭和48年には6人、昭和49年以降は現在まで平均して学生4人で一体の遺体の割合で実習を行うことが出来た。予想よりもかなり早く一応の目標に到達できたと思う。現在は年度毎の献体数、白菊会入会者数ともにほぼ安定した望ましい状態にある。これは多くの方々の協力によるものであるが、なかでも白菊会会員、特に既に献体を実行され成願された先輩会員の貴いお志が非常に力強い牽引車となって実現したと思う。改めてお一人お一人に心から感謝の御礼を捧げたい。

 

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