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3. 事例発表
(1)行徳野鳥観察舎友の会の活動
行徳野鳥観察舎友の会会長 東良一
行徳野鳥観察舎友の会は、千葉県市川市にある行徳野鳥観察舎と水鳥の保護区域を活動の中心としているグループ。観察舎を利用する人々の親睦と、水鳥の保護区を守り育てることを目的として1979年に結成された。
かつて日本屈指の渡り鳥渡来地として有名であった「新浜」のうち、宮内庁新浜鴨場を含む一角が保護区域として確保された。開発を望む地元と自然保護団体との「人か鳥か」という激しい対立の結果、折衷案として設定された。
この保護区は湿地や干潟といったすぐれた自然環境を手をつけずに保存した場所ではなく、埋め立てて造成された場所である。造成後100年を経た宮内庁新浜鴨場には多種多様の鳥が集まるが、隣接した行徳鳥獣保護区(友の会の活動はこちらが中心)は淡水の水源がなく、陸地部分は乾燥した草原、海域部分は粘土質で生物が少ない干潟と、凌渫で深すぎる水面のため、水鳥が年々少なくなっていた。
観察舎前には生活排水の流路となった水路(後に「丸浜川」と名付けた)がある。1980年代には墨汁のようなまっ黒な水が滞留し、臭気を放っ文字どおりの腕の川」になっていた。臭気対策として凌渫工事が計画され、友の会はかえって環境悪化を招くのではないかと意見を出したが、データにもとづく論拠はなかった。凌渫工事が行われたが、予想通り、結果は思わしくなかった。
1985年、宇井純先生との出会いによりヒントが生じた。水鳥が生活できるための湿地再現は水源が必要である。「死の川」がもう少しよい状態に変われば、水源としての利用が可能ではないか。その引き金となるものは、汚水への酸素の供給であり、養魚用に使われている水車の導入が有効であるというものだった。
1986年、トヨタ財団による研究コンクール(第4回)に応募し、半年間の予備研究助成として50万円を得た。これにより、丸浜川にまず養魚用水車1台を導入し、素人としてできる範囲での調査を開始した。わずか1台の水車でも、丸浜川の状態がはっきりと変わってきたことが予備研究の期間だけでも確かめられた。
応募141団体のうちの8団体に選ばれ、2年間の本研究の助成として500万円を得た。
これにより、1987年に保護区域の中に湿地を造成し(トヨタ池)、丸浜川から生活排水をひいて、水質浄化と水鳥誘致を実現した。トヨタ池では翌年にセイタカシギが8組繁殖し、東京湾で2例目のオカヨシガモの繁殖も見られた。
友の会は第4回研究コンクールの最優秀賞を受賞し、さらにトヨタ財団のフォローアップ助成の基金としての2000万円を得た。法人化をめざしているが、まだ道はひらけていない。水車やポンプの電気料金等の必要経費は、「ちば環境ボランティア補助金」などから
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