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乳幼児突然死症候群 (Sudden Infant Death Syndrome: SIDS)

厚生省SIDS研究班班長
東京女子医科大学教授仁志田博司
一 乳幼児突然死症候群とは
厚生省班会議の定義によれば、「それまでの健康状態および既往歴から、その死亡が予想できず、しかも死亡状況および剖検によってもその原因が不詳である乳幼児に突然の死をもたらした症候群」とされている。それまでの健康状態および既往歴とは、家族のみならず医療専門家からの判断でも、その児が急に死亡するような疾患を有していない、あるいは状態ではないということである。それゆえ、先天性の心疾患を有して治療中の児などは、この範疇には入らない。死亡状況とは、SIDSが犯罪や事故との鑑別が重要であり、診断のためには死亡状況の情報が極めて重要なためである。解剖によってもその原因が不詳というのは、全く原因が解らない疾患という意味ではなく、突然の死亡を説明するような頭蓋内出血、広範な肺炎、心筋梗塞などの所見が見つからないということである。
後に述べるように、SIDSは今まで知られている疾患以外の原因による突然死である。このようにSIDSとされた事例の中に、事故や代謝性疾患などとの鑑別診断が極めて困難な疾患が含まれている可能性があるところに、本症が正しく理解されない理由がある。しかし、突然死を引き起こすと考えられる疾患が一つひとつ解明されていったとしても、その中心には、健康であった乳児が眠るごとく死亡する典型的なSIDSが一つの疾患単位として残るという考えは、現在の多くの研究者達の一致した意見である。
二 SIDSは何故重要になってきたか
従来、乳幼児は下痢、脱水や肺炎などで多数死亡しており、SIDSは医学的にも社会的にもあまり関心は向けられなかった。しかし、医学の進歩および衛生環境の向上に伴い、乳幼児がほとんど死亡することがなくなり、SIDSによる死亡の重要性が相対的に浮かび上がってきた。SIDSは新生児期を除いた乳児の死亡原因の第一位となりつつある。また、保育所などにおける乳幼児の突然死の事例が増加したことからSIDSに関する社会の関心が高まってきた。
SIDSの最も重要な点は、今まで元気であった子供が家庭内で急に死亡するという極めてドラマティックな出来事であり、母親を含めた家族や社会にとっても大きな精神的ショックとなることである。母親は精神的な悲しみのみならず、自分が過失を犯したのではないかという罪の意識が強く、後々の自分の人生や夫婦関係や家庭の崩壊にまでつながる大きな影を落とす。
三 SlDSの疫学
SIDSの大半は出生後六ヵ月までに発生し、四ヵ月がそのピークである。本邦に於いては、二歳までの乳幼児の突然死をSIDSとしており、その発生頻度は出生二〇〇〇人に一人で、年間六〇〇例が発生している。SIDSの発生頻度が国や人種によって異なるのは、人種そのものよりも生活様式を中心とした育児環境の差が大きな影響を及ぼしていることが知られるようになった。かつて米国の日系人は白人よりもSIDS発生頻度が低いとされていたが、その生活様式が米国化された二世、三世ではその発生頻度は白人と変わらない。
最近、うつ伏せ寝とSIDSの関係が大きな話題となっており、諸外国ではうっ伏せ寝を止めるキャンペーンによってSIDSの発生頻度が減少してきたことが報告されている。しかし、うつ伏せ寝が窒息につながり、窒息がSIDSであるとする三段論法は間違いで

 

 

 

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