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平成七年度消防ニ関する論文 最優秀作品

消防職員の心傷性災害ストレスとストレス対処法等について

東京消防庁 加藤孝一

一、はじめに
平成七年一月一七日の阪神・淡路大震災と、その直後の三月二〇日に発生した東京の地下鉄サリン事件では被災者の「心の傷」が問題となった。
災害の精神医学的影響に関する研究は、欧米や発展途上国で精力的に行われてきたが日本では未開拓の分野であり、更に被災者の「心の傷」以上に消防職員等の「心傷性災害ストレス」については全く知られていない現状である。
私は、消防署員としての勤務の傍ら社会人大学院(筑波大学)でカウンセリングを専攻し、臨床心理学等各種の心理学や心理療法、心身医学等を学ぶ立場から、被災者や災害時の救援者役割を担う消防職員等のストレスとストレス対処法について関心を持ってきた。その結果、災害等の救援者役割に起因する心傷性災害ストレス(Critical incident stress:以下CISという)についての研究が日本では全く行われておらず、一方、米国ではCISの実証的研究が行われ、多くの消防機関が積極的にCISに対応している事実を知り、日米の落差の大きさを実感した。
阪神・淡路大震災で特徴的なことは、地元の消防職・団員は被災者としてのストレスと救援者としての役割上のストレス(CIS)を二重に受けたことである。しかも、CISについての認識が全く無い日本では、職員個人も組織全体としてもこの種の問題に関心が薄く、有効なストレス対処法が取られないままに放置される可能性も否定できない。このような状況を看過するのは危険なことであり、むしろこの機会に日本の消防全体で関心を持ってCIS等に対する理解を深め、今後のストレス・マネジメントに反映すべきであろう。
平成七年五月七日付けの読売新聞は「阪神大震災救援者の心の救援が今、必要だ」と題する社説を掲げて、被災者だけでは無く消防等の救援者側にも組織的な心身両面のケアが必要であると主張している。社説は、被災者が受けた心の傷が、心的外傷後ストレス障害(Post-traumatic Stress disorder :以下PTSDという)として問題となったが、消防等の救援者も例外では無く、その上で、ストレス軽減のために組織の内部報告書として救援体験を書き続ける事や、くつろいだ雰囲気で全員が参加して語り合う報告会(デブリーフィング:Debriefing)を専門家の指導で定期的に開くこと等を提言している。
別表1【デブリーフィンクの効果比較表】参照
二、淒惨な災害現場活動と救援者の「心の傷」
「ストレス」とは、生体の恒常性が乱れる出来事の総括的な呼称であり(セリエ1936)、その概念は健康な人々にも適用され、現在ではラザルスの研究によって測定困難な心理的要因もストレス源とされるようになった。
一方、「災害」は、個人や社会の対応能力を超えた不可抗力的な出来事や状況、更に少なくとも一時的には、個人や社会の機能に重大な崩壊状態をもたらすものと定義され、戦争と共にトラウマチック・イベント(Traumatic event:心的外傷を引き起こす出来事)と見なされている。
災害の中には、大量死、大破壊、凄惨な場面での活動、同僚の殉職や子供の死亡等、通常の災害ストレスを超えて個人のストレス耐性(抵抗力)を上回るような心陽性過重負担を伴う災害がある。このような状況下で、救援者が心身の限界を超えて休みなく働き、かえって混乱や非効果的な事態を招くことがある。これは「災害対応症候群」と呼ばれる行動で、「燃え尽き現象」一ストレスによる精神・

 

 

 

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