へき地医療と「総合診療」
佐賀県・佐賀医科大学総合診療部 今中俊爾
(元:長崎県・玉之浦町国民健康保険診療所)
要旨
大学病院、臨床研修指定病院に総合診療部(科)が次々と設立されている。「総合診療」は、問題解決にあたって臓器による選択をせず、精神的、心理的、社会的側面に配慮し、かつ予防医学を重視する立場であり、本来医療が持つべき基本理念からして欠かすことのできない診療である。「総合診療」はプライマリケアを重視するが単なる振り分け機能ではなく、内科系の疾患は二次レベルまで臓器にかかわらず扱い、その他の疾患は外科系を含めて一次レベルを扱うという診療能力を想定している。そのため「総合診療」には臓器を横断的に診ることの専門性が存在する。へき地医療は、「総合診療」の進むべきひとつのルートであるといわれる。本稿は、筆者の理解する「総合診療」の理念を紹介し、かつ筆者の体験したへき地医療の実際を報告し、合わせてへき地において「総合診療」を試みようとする際に発生する問題点を指摘しようとするものである。
I.はじめに
へき地医療では、個々の医師の幅広い総合的な診療が要求される。この“総合的な診療”とは、内科系疾患以外に外科(小外科)、整形外科、精神科などの各疾患を扱うという意味だけではない、ここでいう「総合診療」の立場は、問題解決にあたり、臓器による選択をせず、精神的、心理的、社会的側面に配慮しかつ予防医学を重視する。もとよりこれは医療の持つべき基本理念であるが、我が国の医療の現実はその理念にはほど遠い状況といわざるを得ない。その原因には医師自身の問題があることはもちろんだが、医師の教育システムにも問題があることを否定できない。
へき地医療は「総合診療」の進むべきひとつのルートではある。しかし、「総合診療」の理念を持って日々の診療に携わるのでなければ、それは単に幅広く疾患を扱っているにすぎないことになる。ここではまず、筆者なりに理解する「総合診療」の理念を紹介し、続いて玉之浦町での医療の実際を述べ、更に「総合診療」の理念との関連において、へき地医療が現実に抱えている諸問題に論及したい。
はじめに、玉之浦町の概況を紹介する。玉之浦町は、長崎県五島列島福江島の西端に位置し、人口約2500名の半農半漁の町である(図1)。玉之浦町国民健康保険診療所は町内唯一の医療機関であって19床の有床診療所であり、医師は一名で放射線技師、検査技師、薬剤師は不在である。筆者は当診療所に3年間勤務した卒業後16年の内科医である。
II.「総合診療」
医療技術の高度化に伴い、診療の専門分化が進むなかで医師の専門志向はますます強くなっている。そして、その行き過ぎから医療本来の姿が見失われるおそれがないか危倶されている。欧米では、近年一般医、家庭医に対する関心が高まっており、医師
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