
土と炎と水と人
川口武彦(佐賀県有田町長)
有田町は佐賀県西部に位置し、古くから陶磁器の中心産地として栄えてきた所です。人口は13,500人で、うち就業人口の8割が陶磁器産業に従事するなど、陶磁器一色の町といえます。
基幹産業の陶磁器生産は、豊臣秀吉の朝鮮出兵で連れ帰った朝鮮人陶工が、有田町泉山に磁石鉱を発見したことに始まります。やがて赤絵技術が開発され、中国景徳鎮の技術も伝わって、有田は日本の磁器文化の中心地として発展しました。
明治時代になって欧米の大量生産技術が導入されようとしましたが、職人たちは量産体制に背を向け、腕一本の職人気質を大切にしたのです。伝統技術は有田独自の徒弟制度の中で継承される中で、時代に合った商品開発も続けられてきました。その原動力となったのが有田商人でした。
鉄道運送が本格化した明治後期、有田焼の見本を大きなカバンに詰めた商人たちが、全国津々浦々を行商して廻り、有田焼販売のネットワークを築きあげたのです。そして商人たちは、そこで知った消費地の動向を窯元に伝え、新製品が次々に誕生していきます。もちろん、窯元の職人がその要求に応えた結果でもありました。
有田焼の伝統技法を支えてきたものに「水」があります。有田の街は、黒髪山の火山活動で噴出した火山磔層の上にあります。その地下水の豊富さはもとより、とにかく、水が美味しいのです。市街地を流れる川の水も清く、初夏には蛍が舞い、川蝉が鳴くという好環境。その流れを堰き止めた有田ダムの湖水は、青磁の色を想わせる神秘的な佇まいで、我々町民を魅了します。
陶芸は土と炎と言われますが、職人の腕を支える環境、つまり水も大切な要素といえます。そして有田焼産業の歴史と、それを支えてきた人がいて、まちづくりが進められてきています。
今年、佐賀では「世界・炎の博覧会」が開催され、主会場地であった有田町に、全国各地から255万人の方に訪れていただきました。
焼き物をテーマにした博覧会で、有田町も地元パビリオンとして有田館を運営しました。出展内容は有田焼人形が、からくり仕掛けで民話を演じて見せ、450種類の珈琲碗の中から好みの器を選び、飲み物が楽しめる有田焼カフェ。これが大変な評判をいただきました。
この企画は、有田の窯元と商社の若手グループが考えだしたものです。そのプランに窯元の職人が技術で応え、若い商人たちは、有田焼カフェで人気を博した珈琲碗から、消費者のニーズをつかむことができました。
博覧会への取り組みは、有田館だけではありません、世界炎博の開催が決まった時に、有田町内119の住民コミュニティ組織が集まって推進委員会をつくり、炎博で有田町を訪問された方のもてなし方を考え、様々なまちづくりプランが実行されました。
世界炎博は終わりましたが、このイベントを通じて、町民は多くのことを学び、中でも交流の大切さを実感したと思います。
21世紀に向けて、この体験が大きな財産になったと思います。

