本として終わるのでなく、行助していくこと、自然を見つめ、生活してゆく中で何ができるか、どうするべきかを感じ取っていく事が一番大事だと思います。
◆杉 山………内田さん、同じ女性として、女性は生活者、男性は会社といった割り振りがされてしまいがちですが、女性も男性も生活者としての面、また企業の中で働く面を持っていると思いますが、その辺はどうお考えでしょうか。
◆内 田………よく言われる使い捨てのトレイが巷に氾濫した原因として、女性の社会参加という事が言われます。それは単純にそうですとは言い難いものがあります。流通面での労働時間軽減の問題もありますが、人が働く権利というのは当然の権利ですね。男性が家事にどのくらい参加したかという面が抜けているのです。労働時間の問題ですとか、意識、社会通念というものが大きな影響を与えているのです。
よく、僕はゴミを出すとおっしゃる男性がいますが、手伝いでなくていかに主体的に家事をしているか、料理の材料を買う時に、同じような商品があった場合、地球現境にやさしい方にしようという分別ができるかどうか。何かを買って家庭で使ってゴミとなった時に、燃えるのか燃えないのか、不燃物なら何時までにどこへ持って行くのか、どちらかを手伝うのではなくてお互いにローテーションを組んでいくといったことで、女性だけが家事をするというシステムをくずしていくことが必要ですが、男性の意識はまだそこまでいっていません。
お互い認め合ってカバーしながら、できる人ができる事をやっていこうとして男女が家事を分担していくことは、ある根底においては環境問題も女性問題も同じ部分があると思います。
女性問題というのは単に女性だけの問題ではなくて、男性の問題でもありますし、社会通念の問題でもあります。環境問題もそうですが、社会の雰囲気、空気というものを、こうすることが普通なんだという風に持っていく、たとえば効果的に現境保全をしていくにはどういうことをしたらいいのか。端的には罰則金を作れぱいいとかいうことになりますが、それは人々の負担感から言うととてもハイコスト。いやだなあと思いながらせざるを
得ない。
そういう負担感を少なくするために、高知ではゴミの分別を徹底していて今では当たり前ですね。最初は抵抗があったけれど、社会化されるにしたがって、負担感が少なくなった。
女性問題もそうですが、やはりハイコストであったものが、社会化される事によってローコスト、負担感が少なくなる事で効果が持続していくのです。
そういう意味で、女性問題と環境問題は大きな問題であるにもかかわらず、効果的に持続し解決して行くためには、効果的な取り組みをしていかなければならないと思います。先ほど今井先生が「もったいない」について話されましたが、私も一消費者としていろん