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(財)日本水泳連盟医・科学委員
東京大学大学院教育学研究科教授 武藤芳照
背泳ぎは、競泳4種目の中で、ヒトが水中でからだを上向きにして泳ぐ唯一の種目である。上向きであるため、目、鼻、口を水面上に出すことができる。ということは、目で屋内のブールの天井や屋外プールの空をあるいはまわりの状況を見ながら泳ぐことができるが、前進方向の先を見ることはできない。鼻、口が水中に浸っていないために、水泳中の呼吸が他の種目に比べて容易である。
一方、腕や脚の動きも他のクロール、平泳ぎ、バタフライ泳とは異なり、推進力を得るプル動作もリカバリー動作も方向、軌跡が特有である。
このような特性をもっている背泳ぎは、歴史的に見ると水中救助の手段として、あるいは休息泳のひとつとして用いられていたようだ。
それが、競技種目として用いられるようになり、マスターズ水泳を含めてスポーツとしての発展に連なっていく。また、リズム水泳やシンクロナイズドスイミングにおける重要な技法のひとつとしても位置づけられ、基礎練習の段階あるいは、ルーティンの構成要素としても活用されている。さらに、様々な種類・程度の障害児・者への療育、リハビリテーション、スポーツの手段としての水泳の中でも、背泳ぎは、その特性から広く活用されている。腰痛の水泳プログラムでも、クロールと並んで適したプログラムのひとつとして用いられている。
一方、背泳ぎ独特の姿勢・動作のために、競泳選手においても肩関節痛・腰痛などの慢性的な骨・関節障害の発生は少なくない。また時に女子の肩関節前方亜脱臼障害もみられる。中高年男性初心者では、腰部が水中に沈み「自転車こぎキック」となり腰痛をきたすこともある。ターンの際に前方が見えないために、頭部や手を壁に打撲させる外傷例もみられる。
このように背泳ぎは、それぞれの目的と個の特性に応じて様々な活用法があると共に、それに伴う特有な外傷・障害も起こり得る。
そのことを十分に理解しつつ、背泳ぎの指導・教育を図り、また応用の拡大と促進を行う必要があろう。
我が国の競技スポーツの歴史において、背泳ぎは、多くの準かしい成績を残してきた。とりわけ1988年のソウルオリンピックにおける鈴木大地選手の活躍は印象的であり、また背泳ぎの持つ様々な要素を組み入れていた。
日本水泳界にとっては16年ぶりの金メダルであった。競技日程が進み、「どん底」「沈没」と言われていた中で、バサロキックによる潜水からまさに浮上に導いた。
予選と決勝の間に、選手本人と担当コーチとの間で、バサロキックの距離を伸ばす作戦が練られ、それが効を奏したこと。それらの作戦がもし失敗になった時の責めは、ヘッドコーチと監督が負うという組織力がつくり上げられていたこと。
そして何よりも、長い強化合宿を共にしてきたナショナルチームのメンバーが、金メダルを獲得した鈴木大地選手を皆で祝福したことが特筆される。夜半ドーピング検査を終えた鈴木選手が利用したエレベーターの中に、チームメイトからのお祝いの張紙がしてあった(写真)。「No.1ヤッタゼ大地 金メダル We Love DAICHI」等と書かれたそれは、チームが一丸となって苦しい戦いを乗り越えてきたその山の頂きに金メダルがあったことを示している。
そして、その返事ともいうべき鈴木選手のメッセージは、「カムサハムニダー(ハングル語であり

 

 

 

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