二. あの子はどこに
六ヶ所村 葛西満
三月二日、R高校の卒業式、卒業生の名前が呼ばれ、T君、H君順番からするといるはずのないあの子も呼ばれるのではと、里子だったK君を思い出した。
K君が我が家の一員になったのは小学校五年生の十月から中学三年生の六月までの足かけ五年間の短い間だった。
五歳の時、養護施設に入所、規則正しい団体生活、両親の愛情を知らない故か、家庭的愛情を求めてか、自分だけに愛情を傾けてほしいためか、反抗的態度をとり続け、特別にわがままが強かったのと人を信じようとしない子だった。施設に入所一年とすれば、普通の物の考え方になるのに三年はかかるという。すなおに物を考えられないのだろう。聞かれたことには答えるが自分から話しかけたこともなかった。とうとう五年の間、父・母の言葉は聞けなかった。
学校ではすなおでよい子と云われ、よろこんでいました。何かよくないことがある
前ページ 目次へ 次ページ
|
|