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飲水思源

−海をきれいに!−
気象エッセイスト 倉嶋厚

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大漢和辞典に「飲水思源」という言葉が載っています。これは「水を飲めば源を思う。その本を忘れないたとえ」(大漢和辞典・大修飲書店)です。中国の各地の水利施設には、この言葉を刻んだ。石碑が立っているそうです。
私たちの飲む水道の水の洲をたどると山間のダムに行き着きます。その水は集水地域に降る雨や雪です。「陸の水道」はここで「空の水道」に連なります。
その「空の水道」を形成する大気中の水蒸気は地球表面から蒸発したものですが、その大部分は海からの水です。なぜならば海水面は地球表面の約七割を占めているからです。
私たちが使って汚れた水は下水道や川を通り海に注ぎます。そして、そこで蒸発してふたたび「空の水道」を形成します。人類を含む陸上の生物が、これまでいつも新鮮な水を利用できたのは、そのような「水の大循環」の中での太陽の蒸留作用のおかげであり、それは主として海で営まれてきたのです。
この「水の大循環」は実に急テンポで、単純計算では大気中の水蒸気は約九日間で全部が交代してしまう勘定になります。しかし、少し細かく考えると、降ったその場で蒸発して大気に戻る水もあれば、地下水となってゆっくり流れて二、三年後にようやく海にでるものもあり、深くもぐると何十年、何百年と出てきません。サハラ砂漠の地下水は三百年前の雨と推定され、南極大陸には何万年も前に降った雪が氷となって留まっています。なにしろ地球上の水の約九八%は海水であり、これに対して大気中の水蒸気は僅かに〇・〇一%。海からは別の水が蒸発して「空の水道」を形成していると考えられます。
この海の広大さが、「大海は塵を択ばず」の諺を生みました。これは度量の大きな人物のたとえですが、人間は長い間、海の度量の大きさに頼って、汚れた水を「大海の一滴」として流し込んできたといえます。
海は人間の体でいえば、最大の臓器の肝臓のように思われます。そこでは四六時中、解毒が行われ、また血液の栄養分が分解・合成されています。肝臓は故障が起こってもなかなか警戒信号を発しない「沈黙の臓器」といわれています。一部に肝炎から肝ガンを起こしているかもしれない海からの警戒信号も、陸に住む人の耳に届きません。
国民の祝日「海の日」には、台所の水が海に連なっていることを思い、さまざまな「海の声」に耳を傾けよえではありませんか。

 

 

 

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