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第4章 進化にみる生命のエネルギー戦略

4.1 太陽エネルギー利用

4.1.1 概要
エネルギー論の立場からみると、地球上の生命のエネルギーの根源は全て太陽からの光エネルギーに求められる。すなわち、地球を一つの生態系と捉えると、系内への入力エネルギーは太陽エネルギーのみである。このエネルギーが光合成により化学的エネルギーとして蓄積され、食物連鎖などをへて多くの生命体のエネルギー源となっている。さらにもう一つの特徴は、ATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる化学物質が、経済社会における通貨のように共通のエネルギー物質として生体内で流通していることである。生命活動の多くはATPをADPに変えることにより必要なエネルギーを取り出して消費している。このような立場で捉えるとATPを合成するための代表的なエネルギー獲得システムの一つが光合成と位置付けられる。
本節では、生物がいかに効率的に太陽エネルギーを獲得し、それを利用しているかを検討する。この仕組みとして、光捕獲システムとしての「アンテナ複合体」とエネルギー利用面での多様性を創出している「プロトン(水素イオン)の生成系」を例にとり、生命のエネルギー戦略を議論することにする。なお、ATPの合成メカニズムについては、次節で示す。

 

4.1.2 光捕獲システム
(1) 効率的な光エネルギーの獲得
太陽からの光が植物中の葉緑体や光合成細菌中の色素(カロテノイドやクロロフィル)によって吸収されると、色素分子内の緩和や色素分子間の電子励起エネルギー移動によりクロロフィルの励起−重項状態が生成し、それが化学エネルギーへと極めて高い量子効率で変換される。この光合成反応の初期過程は光合成膜中に埋め込まれた色素とタンパクの複合体で行われる。1980年代の半ばに紅色光合成細菌の電子伝達系色素−タンパク複合体(反応中心)の結晶構造が明らかになり、電子伝達に関わる分子(電子キャリアー)とその周りのアミノ酸の配置構造が解明された。その結果、光合成初期過程と構造の関係の理解が進み、反応中心の構造を模倣した人工光合成分子系の合成も活発化した。
ここでは順にそのメカニズムを見ることにしよう。光合成に必要なエネルギーは、クロロフィル分子が吸収した太陽光から得られる。光合成の最初のステップは、クロロフィル分子が太陽光の吸収により電子的に励起されることから始まる。したがって、第一にいかに効率良く光を吸収するかが重要である。さらに、励起した分子は、種々の方法でエネルギーを他に与えて基底状態に戻ろうとする。エ

 

 

 

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