衝突海難発生の一側面(下)

株式会社新潟鉄工所 鍋島正昭
四、操船者の注意
操船者が相手船を視認し、状況について判断した後に注意を向けた対象および参考として相手船を視認していなかった操船者が注意を向けていた対象を表6に示す。
表6の操船者の注意は「気をとられる」という裁決録中の表現をそのまま使っているので、本来注意すべき対象に注意せず、他の対象に注意を向けていた「不注意」状態を示しているようにとられるかもしれないが、ここでは単に操船者が相手船以外の対象に注意を向けた状態を示すものとして取り扱う。
表6の注意の対象は、船舶の安全な航行との関連からみると、次のように区分できる。
a. 表中の番号(以下同じ)1から15までは、操船者が航行中常に注意を払う必要があるもの
b. 16から27までは、船舶の運航上必要な業務であるが、衝突防止の見地からすれば注意を向ける際のタイミングについての配慮が必要なもの
c. 28から35までは、操船者の意識改革のほか安全管理等を通じて改善が必要なもの
d. 36については、当時の状況によって異なるが、慎重な確認が求められるもの
dについては、どのような対象に注意が向けられたか具体的ではないが、相手船を視認した後危険はないと判断し、相手船への引き続く監視を怠ったとされているものである。ここでは実態をよりとらえやすくするため別に区分してみた。次に前記a〜dの区分に従って表6の注意について検討する。
1、相手船を祝電していた操船者の注意
表6の相手船を視認していた操船者の注意を、前記区分に従ってとりまとめたものを表7に示す。
漁船以外の船舶についてみるとaの航行上必要な注意を払っていたものが約六三%となっている。これは相手船を視認した後、差し当たっての危険はないという判断をもとに、自船の安全な航行にとって影響を及ぼすものを周辺の事象の中に発見しようとしていたと考えられ、主な対象は表6の内容からみて約八三%を占める他の航行船舶であったということだろう。
dについては、相手船を視認した後、このままで無難にかわる、相手船が避ける、まだ距離がある等の判断をし相手船から注意をそらせたもので、注意を向けた対象は明らかではないが、ぼんやりと何も見ていないということではないだろうから、おおむねaと似たような状態と考えてよいだろう。
海上交通の場合、船舶の速力と見通し距離の関係から相対関係の変化は緩慢にみえる。このため相手船を視認したときの距離によっては、衝突の危険が具体的になるまで多少の時間的経過が必要である。
相手船を視認し、このまま進めば衝突の危険が生じるかもしれない場合でも、差し当たっての危険はなくしぱらくは大丈夫という認識があれば、相手船だけを見ているわけにもいかないから、周辺にも目を配り、相手船以外に危険を生じるものはないか周辺事象に注意を向けるのは、船員として当然の措置と考えられる。aとdを合わせて約八九%の注意はこのような内容をもっているといえよう。
漁船についてみると、aおよびbの割合の合計とcまたはdの割合は、漁船以外の船舶のそれとおおむね同じような傾向となっている。
このことは操船者として相手船との見合い関係における衝突の危険の有無の判断および注意の向け方は、漁船以外の船舶の操船者と本質的に変わりはないことを示していると思われる。

 

 

 

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