私と船

自動車専用船

大須賀祥浩
安岡孝男画
二等航海士に昇進して最初に乗ったのは“とうきょうはいうぇい”という自動車専用船だった。
自動車専用船の姿は、テレビなどで見られた方も多いと思う。画面ではなかなか削りにくいが“ノアの箱船”を思わせる巨大な船体は、近くでみると、なかなか迫力があるものだ。岸壁からの高さ二十メートル、長さ百六十メートルの舷側は、まさに巨大な壁で、知らない人なら船には見えないことだろう。
貨物である車の出し入れは“ランプ”と呼ばれる走行路を使うことになる。ランプは、舷側中央と船尾にあり、普通は垂直に起こして船体の一部を構成している。荷役の時には、このランプを倒して岸壁へおろし、本船と岸壁をつなぐ橋にするのである。「ホールド(貨物倉)の構造は単純だけどなにせデッキ(甲板)の数が多いからね。壁のマークを確認しないと、自分のいる場所を間違えることがあるよ」

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前任の二等航海士の言葉どおり“とうきょうはいうえい”の船倉は、十三のデッキに仕切られていた。一つのデッキの高さは二メートル弱から三メートルで、いろいろなサイズの車を、最も効率よく積めるように工夫されている。それぞれのデッキは“インナーランプ”と呼ばれる傾斜路でつながれており、
船内へ入った車は、自力で所定の積載場所まで走っていくのである。その様子は、巨大な駐車ビルディングの中を想像していただければ、概ね当たっている。
“自動車専用船の荷役の特長は、梱包されていない貨物が、自分で走って出入りすることにある”
何を当たり前のことを…、と思われるかもしれない。しかし、この言葉は、自動車専用船の本質をかなり鋭く表している。
まず“貨物が自分で出入りする”ということは、本船側にも岸壁側にも、固有の荷役設備が要らないことを意味する。すなわち、自動車専用船の着く岸壁は、本船のランプを降ろせ、車を安全に走らせることができればとりあえずは十分なのだ。クレーンも倉庫も要らないので、専用の岸壁でなくとも荷役をすることが可能なのである。
次に“荷役が梱包されていない”ということは、本船乗組員にとって、最も神経を使うポイントである。
「車は宝物だと思えよ。ほんの小さなかすり傷も、絶対につけちゃいけない。だから作業服も、ボタンが露出していないツナギ服なんだ」
前任の二等航海士が真新しい白いツナギ服を渡してくれながら、私にそう言った。
「指紋も跡が残って目立つから、車に手を触れてはいけない…。自分の車よりも、十倍も二十倍も大切にしているんだよ」
これほど神経を使っているのだから、荷役中の接触事故が最も恐ろしい。
なにせ、倉内のスペースをぎりぎりまで活かすために、車は横方向で十センチ、前後方向で三十センチの間隔で並べられるのだ。その様子を初めて見る人は、肝を冷やすに違いない。しかし、荷役作業員(ドライバー)

 

 

 

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