疲労と海難

北海道大学水産学部教授 天下井清
海難は@人の故意または過失によるものA乗組員数、資格、技能、労働条件にかかわるものB船体・機関の構造、材質、性能等にかかわるものC水路図誌、航路標識等の航海補助施設にかかわるものD港湾または水路の状況にかかわるものなど種々の要素が絡み合って発生し、その原因も複数指摘されることが多い。本論では@およびAに関係する人間の疲労と海難の関係について、疲労のメカニズム、疲労の実態、疲労の防止法を知ることにより、海難の防止に役立てばと考え、若干の研究成果をまじえて報告する。
(この報告書は、去る十月札幌で開いた平成八年度海難防止等調査研究団体技術連絡会議の講演で発表されたものの要約版である)
1、 海難の現状と原因
平成七年中の海難として集計された八、四九八件、九、九〇七隻「貨物船三、七一三隻、漁船一、五七五隻、油送船一、二七八隻、旅客船八七六隻、その他(引船、作業船、はしけ、遊漁船、プレジャーボート等一二、二八三隻、衝突(単)一、一九八件(一四・一%)(貨物船六一七隻)、乗場一、四九五件二七・六%)一貨物船八〇三隻一、衝突一、〇三五件(一二・二%)(貨物船六六五隻、漁船三八四隻)」の約一割の八〇九件、一、〇七三隻が地方海難審判庁にて裁決が行われ、複数の原因が示された場合も含めて一、五一六原因数が事件種類別に発表された(平成八年版海難審判の現状、海と安全一九九六年十一月、nl五四、ぺージ7)。
主要な海難原因を見ると、衝突海難では見張り不十分(摘示原因数の五二・二%)、信号不吹鳴(同一〇・四%)、指揮・監督の不適切(同七・○%)、航法不遵守(同一八・九%)であり、乗場海難では船位不確認(同二六・九%)、居眠り(二五・九%)、針路の選定・保持不良一同八・五%一、水路調査不十分一同二一・四%)であった。
平成七年中の裁決海難の海難原因において、いわゆる疲労に関係し、判断力の低下や動作変化等によるものと思われる「針路の選定・保持不良」「操船不適切」「船位不確認」「見張り不十分」「居眠り」「信号不吹鳴」「速力の選定不適切」「漁労作業の不適切」「服務に関する指揮・監督の不適切」等の原因数の合計は八七八で全原因数一、五一六の約五八%にも達する。
このことは疲労に対する適切な対策と処置がなされていれば、海難事故は半減する可能性を示しており、特に衝突、乗場海難においての疲労対策は重要であると言える。
2、 疲労のメカニズム
疲労とはもともと「疲れた」という体験に名付けた言葉で、そのときの身体の状態や機能の変化を主観的に表現している。これを客観的に表すために@生理学的な検査やA心理学的検査B血液や血糖を調べる全科学的検査C作業の出来高または出来栄えの変動、その他疲労に関係のある欠勤、障害、疾病、災害等の頻度もしくは性質の変動を比較して疲労の発生またはその程度を診断する現状の統計資料による診断法D自覚症状による方法がある。
@、A、Bは疲労の間接的診断法であって、要するに機能や状態の変化を測定しているのであって、その変化が疲労の結果なのか、あるいは原因なのか、または他の現象の症候なのかは、まったく別の問題であるとも言われている。Cは直接的な診断法で作業成果の質量の低落こそが産業疲労の現象で

 

 

 

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