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【映画紹介】

天地楽舞

生身の世界遺産・中国少数民族文化………………………………………工藤隆

『古事記』『万葉集』などは、古代日本が漢字を含む中国文(主として漢民族的な支配層の文化)に出会うことで成立した<古代の近代>の作品である。しかし、それらの作品の全体像の把握には、それらの基層の<古代の古代>の部分のモデル化が必要である。そこで、近年の私の行動範囲は、沖縄を経てさらに中国少数民族地域にまで拡大した。私が実際に訪問した中国西南部少数民族のいくつかの村では、歌垣が現実に生きていたし、天地開闢や兄妹始祖などの創世神話が現実に歌われていた。中国少数民族文化は、日本古代文学研究にとって宝の山なのだ。
しかし、実際の調査には多くの困難がある。中国の公的機関との人脈作りや許可手続きを怠ると、フィルム没収などは当たり前、場合によってはスパイ扱いされて国外追放や拘束(投獄)もありうる。そのうえ、取材地域の気の遠くなるような広さ、主要都市から村までの距離の速さ、道路の悪さ、宿泊や食事や衛生状態の劣悪さ、治安の悪さ…といった具合だ。
というわけで、「天地楽舞」の存在を知ったとき、まずそのスケールの大きさに驚かされた。普通なら、代表的な民族のいくつかに限定するものなのだが、五十五少数民族の全部を、しかもすべて現地直接取材というところが凄い。各少数民族の支系の全体までは押さえ切っていないが、ともかくこれでほぼ全体像は把握できる。
ただし、同じ少数民族でも、かなり広大な地域に散らばって居住しているのが実態だから、その全体の取材はほとんど不可能である。たとえばハニ族の巻でいえば、紅河・金平その他のハニ族の取材がないというように、取材地域に偏りがあるのは仕方がないことなのである。これからは各少数民族研究の専門家が、ビデオカメラと録音栓による取材を充実させて、「天地楽舞」を補強していく必要がある。
ところで、歌われている少数民族語そのものの表記(アルファベットでもよい)や、その歌詞の逐語訳がない点は惜しい。しかしこれは、従来の専門的報告でもめったに見られなかったことである。これからの専門研究者は、それぞれの少数民族語を理解できる研究者との、言語表現を重視した共同作業を開始すべきであろう。それはそれとして「天地楽舞」の解説書が、歌垣や創世神話の内容を、抄訳とはいえ積極的に掲載した点は実に貴重だ。
現に生きて動いている、生身(なまみ)の世界遺産ともいうべき中国少数民族文化は、文化大革命による禁圧と、その後の近代化・観光化の波を受けて、急速に変質・消滅しつつある。「天地楽舞」は、その最後の輝きを、誠実な記録者の眼で映像のなかに映しとどめたのである。<大東文化大学教授・日本古代文学>

 

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上・男女の集団による歌垣[チワン族・広西チワン族自治区百色地区徳保県馬隘郷]
中・木鼓運びの儀式[ワ族・雲南省思茅地区西盟ワ族自治県岳宋郷]
下・創世神話を歌う村の長老たち[チンポー族・雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州盈江県盞西郷]=日本ビクター提供・<天地楽舞>収録の演目より

 

「音と映像による中国五十五少数民集民間伝続芸能大系」<天地楽舞>ビデオカセット全四十巻 97年4月全巻完結
監修…藤井知昭
協力…国立民族学博物館・中国民族文化宮
企画・制作・著作…日本ビクター株式会社・中国民族音像出版社
お問い合わせ・総販売元…平凡社販売株式会社(03-3265-5855)

 

 

 

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