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て成立している、ということお書きになっておられまして、私は日本の稲作がスタンダードだと思っていましたので、これを読んで、かなり衝撃的でした。日本のように大きな川から水を引いて、水田に満々と水を堪えてというのは、必ずしもアジア全体から見ると中心的ではないのでしょうね。
渡部……まったくそうだと思います。私はしょっちゅう学生に言っているのですが、この白い紙が漠然とアジアの稲の空間だとすると、日本なんてその片隅あたりでやっているだけです。ですから、その技術は確かにいろんな集約的な技術を使っていますが、アジア全体がそんなことをしていると思ったら間違いだと。まして、あの『稲の日本史』が出た今から四〇年前を考えると、日本の稲は他のアジアに比べて非常に特製なものだったのでしようね。
谷川……それはどういうところがいちばん顕著に特異な感じがいたしますか。
渡部……大部分のアジアの水田はモンスーンの雨だけに依存して稲を作っている天水川です。、けれども、日本の田んぼで今灌漑水路のない田んぼを探すのが難しいのではないでしょうか。そのくらい、水に付する仮作の構図がアーティフィシャルな点でアジアと日本ではずいぶん違うように思いますね。日本と同じような灌漑ができる稲作は、例えばインドの例ですと、一〇数パーセントでしょうか。残りの八五パーセントがまだ天水に依存している。それから、中国でも完全に日本と同じような稲の作り方をしているのは淮河の周辺だと思います。揚子江の、長江の流域になると、水源が大きすぎて、揚子江から直接水を引くということはできないから、四通八達する運河に水を通して、それからポンプアップして水をやったりしています。そういう淮河あるいは江南を含めても、日本の田んぼ型は中国でも二〇パーセントくらいで、八割ぐらいの小田が相変わらず天水田です。田んぼから一枚、一枚下へ落としていく田越しの水をかける水田もそうです。東南アジアは大部分が田に依存する稲作をやっています。そのへんが稲のバックグラウンドとしてはいちばんの逢いではないかと思いますね。
谷川……日本ではため池はずいぶんありますね。アジアではため池はあまりないんですか。
渡部……デルタは、低平ですからため池を作ってもあまり効果がないわけですね。日本のため池は傾斜があるから水が下りるわけですね。ため池が発達するのは、南アジア、熱帯のアジアでは限られていまして、例えばインドのデカン高原のようにやや傾斜のある地帯は可能性があります。それから、東南アジアでは北タイのチェンマイの周辺に、古くからため池稲作があります。
谷川……ため池は日本で見るほどには、向こうにはないということが言えますね。柳田さんが『稲の日本史』の中で米の語源を書いています。籠もりからきたのだと。籠もりというのは、雨が降り少し水たまりができる。それと関係している、言葉だというのです。与那国島では、雨が降った後に籠もるような水田で稲を耕作した。そういう説を立てていますが、今のアジア全体から考えると、雨が降ってきて、水たまりができて、そこを水田にするのが基本なんですね。南島では水たまりコモリというのは今でも使っています。
渡部……そうだと思います。与那国島では、スコールの雨が降って少し水が溜まります。そこへ牛や馬を入れて踏みつけるわけです。鍬や鋤を使わないで代掻きをして稲を植えたようですね。
谷川……私も復帰前に与那国島に行った時に、その語を聞いたことがあります。夜中でも雨が降ると牛小尾から牛を引き出して、水田を踏み歩かせるのです。
渡部……踏み耕すが種子島まで北上しています。種子島は馬ですが、夜中でも雨が降ってくると、放牧している馬を水田に引き入れ田んぼを踏みつけるのです。

 

 

 

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