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悪さをする訪れ神と芸能[追儺・神楽の鬼] 星野紘

●悪さをする訪れ神と見物●

 

仮面のものは確に尋常ではない。いつも見慣れている人間の表情とは異る。中には恐い印象を与えるものもあれば、吹き出したくなるような滑稽なものもある。多かれ少なかれこの種仮面のものについては大部分の日本人が何らかの経験をしているといえよう。全国津々浦々に伝承されている獅子舞の獅子に絡む道化役などが一番ありふれた事例であろう。
威厳があって正義の味方然とした獅子に対して、時にえぐいことをやったりしておどけるオカメ、ヒョットコの類いである。これらのものに焦点を絞って考えてみようというのが当稿である。

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三匹獅子舞(福岡県)のヒョットコ
獅子舞の道化は、獅子の一挙手一投足を真似したり、こわごわ獅子にちょっかいを出してみたり、また周囲の観客にいどんだりする。腰をさかんに前へつき出したり、前後させて男女の交媾の態のふりしたりもする。若い女性などはともかく年輩の御婦人方は涼しい顔してニコニコ応対している。こういった景は全国各地共通に見受けられる祭りの一コマである。萬ずの神の声が五月蝿のようブツブツ不満を洩らす、といった風な『古事記』の中の一節のそれ(注1)や折口信夫が多用していたでもん、すぴりっととはこれに近い存在ではないかと思う。
この類いのものにびっくりした経験を私もしている。山深い地に民俗芸能採訪を私なりに試み始めた三十年ほど昔、見知らぬ花祭の里へ(愛知県北設楽郡東栄町御園)、まるでエトランジェのような気分で、おずおずと集落をたずねて行った時のことである。第二日目の早朝、徹宵した眠けまなこに陽がさし始めた頃、ひのねぎ、みこ、翁などの面形の舞が登場して来るところで、味噌を塗った櫺り粉木棒を持ったり、飯粒のついた杓子を手にしたヒョットコ面をかぶったお伴のものたちが突然見物人を追いかけまわし、味噌や飯粒を塗りつけよう、ひっつけようとしつっこく迫った。私もほうほうの態で屋外の村人がたむろしている焚火の側まで逃げ出した時の、一種恐怖感を覚えたことを今も記憶している。祭り習俗にはこういうやりとり、ある意味でのパフォーマンスがあることをそれまでは知らなかったがゆえの驚きであり、またいつまでも記憶に残っているのである。
それからやはり祭り習俗に対する私自身の無理解きを痛感させられたびっくりした事例もある。それは面のもの(カミ)に対してではなく、それを信奉している村人の一種の禁忌の気持を逆なでしたのである。福岡県久留米市玉垂富大善寺の一月七日の鬼夜見物の時、写真を撮ってはならぬという所だったのだが

 

 

 

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