「コッペリア」はどういうバレエか
鈴木晶
オートマトンとマッド・サイエンティスト
バレエ「コッペリア」の特徴としてまず思いつくのは、人形が登場することでしょう。何しろその人形の名前が題名になっているほどですから。人形が登場するバレエというと「くるみ割り人形」が思い浮かびますが、これも「コッペリア」と同じく原作はE.TAホフマンです。「ペトルーシュカ」ではついに人形が主人公になってしまいました。
コッペリアは正確にいうとオートマトン(自動人形)、すなわち人間みたいな動きをする時計仕掛けのカラクリ人形です。小説やバレエの中だけの話だと思っている人がいるようですが、じつはコッペリアみたいな自動人形は実際にもたくさん存在しました。すでに18世紀には、ヴォーカンソンというフランスの技術者が、指や唇を動かしてフルートを吹く人形や、排泄までするアヒルを作って、パリ科学アカデミーから賞を受けていましたが、「コッペリア」が初演されたころ、ロンドンのミュージックホールでは、マスケリンというマジシャンが、絵を描く女の人形や楽器を演奏する人形で観客を喜ばせていました。ある社は最盛期には年に500も自動人形を生産していたそうです。第一次世界大戦後、自動人形は急速に廃れてしまいますが、「コッペリア」が初演されたころにはまだ観客にとって身近な存在だったのです。
自動人形の理想的な姿は人造人間でしょう。コッペリウス博士の家に忍び込んだスワニルダと友人たちはたくさんの人形を発見しますが、フランツを酔わせて魂を抜き取ろうとするところから察するに、彼はたんなる人形ではなく人造人間、すなわち「魂をもった人形」(ペトルーシュカはまさにそれだ)を作ろうとしているようです。こういうタイプの科学者=技術者=魔術師を、マッド・サイエンティスト(狂気に憑かれた科学者)といいます。私たちにとって一番身近な例は映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でタイムマシンを作る「ドク」でしょうか。「コッペリア」の原作であるホフマンの「砂男]に出てくるコッペリウス博士は不気味で醜悪な人物ですが、バレエでは滑稽な、そして少々哀れを誘う老人として描かれています。
ピュグマリオニズム
スワニルダがコッペリアになりすますところからすると、この人形はスワニルダに似ているらしい。コッペリウス博士はスワニルダに気があって、それで彼女に似せた人形を作ったのかもしれません。それを強調している演出もあります。恋する女そっくりの人形を作る、あるいは自分の作った人形に恋してしまう、こういうのをピュグマリオニズムといいます。キュプロス島の王様ピュグマリオンは彫刻家で、自分の彫った象牙のアフロディーテ像に恋着し、女神ヴィーナスに懇願して、象牙の像を人間にしてもらいました。近代になると、もう神様がいないので、人間が自分の手で人形を人間にするしかありません。そういう小説がいくつも生まれました。一番有名な、リラダンの長編「未来のイヴ」は、かの発明家エディソンが人造美女を作る話です。ホフマンの「砂男」もこのジャンルの代表的な例の一つです。アンドロイドに恋してしまうという映画「ブレードランナー」もこのテーマの変奏といえるでしょう。
人形に恋するという点では、男女が逆ですが、「くるみ割り人形」も同じテーマを扱っています。その点がわからないと、どうしてマリー(クララ)が不細工な髭もじゃのくるみ割り人形を可愛がるのかが理解に苦しみます。
「若さ」がテーマ
ゴッペリウスは村の若者たちにからまれて鍵を落としてしまいます。その鍵を使って彼の家に忍び込んだスワニルダたちはさんざんイタズラをして、コッペリウスを困らせます。若者たちの無邪気なイタズラが、老いばれコッペリウスとは対照的に描かれているのです。
別の面でも「若さ」が描かれています。フランツがコッペリアにモーションをかけるのは、若者が一度は通過しなければならない一つのイニ
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