句集紹介

「鴻の鳥」 藤谷令子

兵庫県城崎郡香住町浦上(帰仰寺内)鴻の鳥社二十周年、五年を節目としての第四旬集です。B6版百六十頁、表紙の色、金文字型押しの題字に先ず魅かれました。表紙の赤色は、人類がはじめてその身を美しく飾りたいと願ったときに先ず用いられた色。「日本書紀」「古事記」に見え、日本語としては「明るい」という意味から出た由、また表紙裏の見返しの色は、王朝文学に表れる代表的な襲色目(吉岡常雄著「日本の色」より)を用いて風雅。三宅睦子主宰の扉の言葉「どの一句をとりあげても一人ひとりの季節との出合い、そのよろこびが宝物のごとく熱気のこもった句集となった」。巻末の鴻の鳥日記の詳細にわたる活動状況記録。副主宰三宅和光氏の「日常茶飯での花鳥風月を通じ、その向う側を探究し俳句に精進して行きたい」とのあとがきそれぞれに脈々とした熱気がこもり、表組の「赤」に通じるものとそのお心入れの程を感得。前置きが長くなりました。
以下紐面の許す限り作品に触れさせていただきます、写真、生年月日の添えられた七十一名の句が並んでいます。
木の芽張るけさ六十の大鏡 三宅睦子
但馬の文化向上に、俳句の振興に役立つことを幸せとして活躍の主宰の句。人の一生いつも木の芽の吹くようにありたいとの先師の言を思い、力強く瑞々しく大鏡に映る姿を髣髪髴させられます。
今朝の窓あぢさゐ明り燃えゐたる三宅和光
あじさいは雨の似合う静かな花です。そのあしさいが、今朝の明るい日ざしに燃えているとみる作者。あじさいを配して、佳き目の心の昂りを強く表出し得たと思います。
振り向かず跡残しゆく蝸牛 成田始寺子
確かに蝸牛は返りません。遅々として営々として軌道をのこしゆく。銀色の道です。家を背負っての着実な人生を思うのは言いすぎでしょうか。最高齢の方の句として心打つ。
ふつふつと乳の漲る星月 夜佐竹美保子
「胎動の一刻止まる夏の空」の句につづく旬。漬る充実感、星月夜のロマン。母となるこの上ないよろこびの清々しい句。
牛追ひし記憶の底の百合匂ふ 田中玉乃
百合を生けてか或いは庭の百合か、その香の中に遠き日の景がよみがえるのでしょう。作者のしみじみとした遠まなざしが見えてきます。景の中の百合は、より香り高い山百合ではないでしょうか。
駄句記す薬袋や梅雨長し 赤松房枝
闘病の日々、うっとうしい梅雨。このようなときに俳句のある救い。あえて駄句と言わず「句を記す」でよろしいのでは……。
家中に人のうづ巻く三ヶ日 小畑百合子
核家族とい三言葉がいつのまにやら定着した此頃、何と微笑ましいこと、忙しく立ち働いておられるのか、にこにこ見守っておられるのか、前者を思います。お幸せなのです。
印象句を掲げ、心届かぬご紹介を結びます。
母抱きひたる湯舟の柚子明り 阿瀬八重乃
風入れて秘密めきたる父の書庫 大川公子
アッたんぼにお月さんがおちている 坂口とも世
寒菊や傘寿の起居の満たさるる 清水まつゑ
十夜婆大鍋ひとつ取りしきる 田輪あや子
山眠る漬物石の息づかひ 中尾美佐子
寒の部屋白絹さばく鯨尺 中尾律子
一村の灯りゆるがす田の蛙 南孝
夫に添ふ里の生活のちやんちやんこ 森本あやの
金婚の旅の湯煙秋深し 萬木すや

 

 

 

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