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■事業の内容

(1) 航空機乗務における生体の防御機構に関する研究
[1] 難聴の発生に関する基礎的・臨床的研究
〈高齢者及び若年者における音響暴露の影響に関するデーターべース作成〉
 航空機乗員の高齢化に対する音響暴露の影響を航空機乗員の医学適性の面から研究するため、加齢に及ぼす音響暴露の影響に関する文献情報を中心に、1,470件に及ぶ検索可能なデーターべースを作成した。
[2] 航空機内騒音下における語音弁別能の低下とその対策
 操縦室内における機内騒音による語音情報量減少の一般的傾向を調べるために、正常聴力の被検者に白色雑音及び加重雑音を負荷した状態での語音弁別能(単音節明瞭度)を測定し、機内騒音下での聴力における適性を判断するための基準の検討を行った。
[3] 直線加速度負荷時における回転前庭動眼反射
 垂直性眼球運動の調節機構と耳右器を介した動加速度の影響を研究することを目的に、耳石器と垂直性視運動眼振についての検討を行った。
[4]
a. 航空機の機内環境が鼻、鼻咽頭の細菌動態に及ぼす影響についての研究
〈航空機の機内環境が上咽頭の細菌動態に及ぼす影響についての研究〉
 航空機の操縦室内は巡航時の湿度が5%程度まで低下するような乾燥状態が生じることから、機内の乾燥状態が上咽頭の細菌叢に及ぼす影響を長時間飛行の前後で比較検討するため、往路と復路の飛行前、飛行中及び飛行後の3点で上咽頭細菌を採取し、培養後に細菌の消長を定量的に検討した。
b. 空酔い(動揺病)に関する研究
〈遠心力が平衡機能に及ぼす影響〉
 航空機乗務における動揺病の発生メカニズムを研究することを目的に、遠心加速度負荷装置を用いた動物実験を行い、加速度刺激を与えた時に起こる変化を検討し、動揺病の内耳の関与とともに自律神経機能を解明した。さらに、回転加速度負荷装置を用いて、被検者に対する動揺病の発症過程の検討を行った。
[5] 耳管の機能について
 航空機乗務における気圧変化が耳管機能に及ぼす影響について、被験者10名を、次の4種類の測定方法により耳管機能測定方法の臨床評価を行った。
測定方法  [1] テインパノメトリー法
[2] 鼓膜インピーダンス測定法
[3] 音響耳管検査法
[4] 耳管鼓室気流動態法
[6] 視機能測定の試み
〈夜間視力について(その2)〉
 昨年度の研究では、現在の夜間視力計では明順応光を与えての視力回復過程をとらえることに問題が提起された。
 今年度は薄明視(低照度下)視力測定法について検索するとともに調節の低照度視力に及ぼす影響について検討した。
(2) 操縦業務と心身機能の関連についての研究
[1] 呼吸器循環器系に関する研究
a. 気圧変化に伴う心電図及び循環動態に関する研究
〈局所的気圧変化に伴う心電図及び循環動態変化に関する研究〉
 本年度は、下半身陰圧負荷法と頸部陰圧負荷法及び両法のコンビネーション負荷による循環動態の変化について、心拍数、動脈血圧及び中心静脈圧と前腕末梢血管抵抗の変化の面から検討を行った。
b. ドップラ断層による心内異常血流の分析とFollow-up
〈リアルタイムバイプレーン軽食道プローブの応用〉
 航空機乗員の心臓弁膜症におけるドップラ断層による弁逆流及び弁狭窄の重症度評価について、弁逆流及び弁狭窄を有する大動脈弁、僧帽弁疾患40例を新しく開発したリアルタイムバイプレーン経食道プローブを用いて検討した。
c. 肺嚢胞症に関する研究
 飛行中に自然気胸を起こす危険性から、気腫性肺嚢胞は乗務制限の対象となっている。
 航空機乗員と同年代の成人男子の気腫性肺嚢胞の発生頻度を明らかにするために、胸部X線単純撮影及びCT撮影を行い、肺尖部異常影及び嚢胞陰影の描出を評価した。さらに、胸部MRIを導入して嚢胞の検出状態を検討した。
d.航空機乗員の心機能の解析
〈肥大型心筋症における自律神経機能の検討〉
 航空機乗員の航空身体検査で無症候性の心電図異常が問題となっているが、本年度は、巨大陰性T波例に対し病因的に自律神経系がいかに関与するかを検討するため、指尖容積脈派デジタル処理解析を用いて自律神経機能を検討し、病変部及び病理組織学的所見と臨床所見とを比較検討した。
[2] 航空機乗員の医学適性における脳波検査の意義
 航空機乗員の医学適性を脳波所見から検討するため、青年期健常者の脳波の類型化と脳波発達過程の解明を1,298名について視察法及び定量分析を行った。さらに、脳波記録を視察法により基礎律動をα型、不規則α型、Slowα混入型、β型及び不定型の5型に分類するとともに、正常、境界異常、異常の3段階に評価した。また、心理学的検査と脳波との関連についても検討した。
(3) 操縦業務と心身機能に係る基準等の海外文献の翻訳
 航空機乗員の航空身体検査証明に係る英国の航空医学検査医のためのガイダンスの翻訳を行った。同書は、航空身体検査証明に係る規程及び医学的基準が記載されており、国内の現行航空身体検査の運用及び間近に迫った航空身体検査基準の見直し作業に際し、航空先進国の基準を考慮する際に重要な資料となるものである。
■事業の成果

(1) 航空機乗務における生体の防御機構に関する研究
 研究を継続してきた「難聴の発生に関する基礎的・臨床的研究」の成果として、多数の研究及び学術文献が集積・整理され更にデータ・べースの作成により航空身体検査証明審査上極めて有用な資料となる。新規項目として実施した「航空機内騒音下における語音弁別能の低下とその対策」及び「直線加速度負荷時における回転前庭動眼反射」は、航空機乗員において必要な聴力、眼球運動に関する基礎的データーが集められた。継続研究してきた「航空機の機内環境が鼻、鼻咽頭の細菌動態に及ぼす影響についての研究」は、操縦室内の湿度の低下(乾燥状態)により粘膜線毛機能に大きな影響を与え、感染が容易となることが判明した。新規項目の「空酔い(動揺病)に関する研究」及び「耳管の機能について」は、動物実験により基礎的データの収集と発症過程を詳細に検討した。また、航空性中耳炎発症の予知のため耳管機能測定装置を試作し、データの収集を行った。継続研究の「視機能測定の試み<夜間視力計について(その2)〉」は、現有の夜間視力計では明順応光を与えての視力回復過程が問題となり、視力測定法の検討と新夜間視力計の開発を検討した。
(2) 操縦業務と心身機能との関連についての研究
 呼吸器循環器系に関する研究のうち新規項目の「気圧変化に伴う心電図及び循環動態に関する研究」及び「ドップラ断層による心内異常血流動態の分析とFollow-up」は、圧受容体機能評価法を開発するため循環動態の変化について検討した。
 また、心臓弁膜症の重症度評価についてリアルタイムバイプレーン経食道プローブと従来のバイプレーンプローブとの比較を検討した。継続研究の「肺嚢胞症に関する研究」は、気腫牲肺嚢胞が診断された場合は乗務制限が行われていることから、健常者にどのような頻度で嚢胞が発生するかを研究した結果、年代別の発生類度、嚢胞の描出、位置及び周囲との関連をみるに有効であることが判明した。継続研究した「航空機乗員の心機能の解析」は、航空機身体検査で無症候性の心電図異常で問題になったが、身体検査レベルでの無症候性巨大陰性T波例の左室部心内膜心筋性検像は比較的軽度であり臨床所見と一致する結果であった。「航空機乗員の医学適性における脳波検査の意義〈青年期健常者の脳波学的研究〉」は、青年期健常者の脳波の基礎律動の類型化の整理と脳波発達過程の解明及び航空機乗員の適性に関する方向性を検討し、脳波検査の重要な参考事例として有効な結果を得ることがきた。
(3) 操縦業務と心身機能に係る基準等の海外文献の翻訳
 航空身体検査医のための英国民間航空局航空医学認定医のための手引き書は、航空身体検査証明に際して、航空身体検査が適性に行われるように基準及び検査上の留意点を解説したもので、今後我が国における現行の航空身体検査の運用及び改善並びに航空審議会等の身体検査基準に関する論議の貴重な資料となり、これは、航空医学の発達と共に航空の安全に寄与したものと思われる。





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