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■事業の内容

(1) 航空機乗務における生態の防御機構に関する研究
[1] 難聴の発生に関する基礎的、臨床的研究
a. 超低周波音の聴力に与える影響
 パイロットは航空機の運航時に種々雑多な騒音を聞いている。こうした環境下での聴力変化を調査するため、本年度は、機内騒音としての成分が大きい多種類の超低周波音に、種類の異なる低周波音を加え、実機内の騒音環境に一段と近い状況を作り出し、こうした状況下で聴力測定(純音聴力及び語音聴力)を行い、その結果をもとに聴力変化の検討を行った。
b. 強大音の発生を予測した場合の音響性耳小骨筋反射の変化
 日常大きな音が突然聞こえる場合と、予め予期して聞く場合とを比較すれば反応に大きな違いがある。このことから衝撃音が発生する以前に予告的な音を発生させ、その後に強大音を聞けば聴力低下を防ぐことができると考えられることから、強大音を聞くための予期状態を想定した時の、内耳機構が作り出す保護作用を解明するための基礎的研究を行った。
[2] 騒音を含む複合負荷による聴覚心理現象
 気圧変動が聴覚にどのような影響を及ぼすかについて検討するため、本年度は、気圧を徐々に減じた後、急速に気圧を高めた場合にモルモットが受ける内耳への影響について実験し、鼓膜、鼓室及び耳管機能等について結果の検討を行った。
[3] 航空機内環境が鼻腔機能に及ぼす影響に関する研究
(機内乾燥空気の吸収が鼻腔機能に及ぼす影響)
 航空機の運航時においては、機内湿度が極度に低下するため、鼻、咽頭の乾燥感や炎症も生じ易いとされている。この乾燥状態が鼻腔機能にどのような影響を及ぼすかについて、実際の運航状況下で鼻腔内湿度、鼻腔粘膜機能及び上咽頭の細菌等について測定を行い、検討を加えた。
[4] 視機能測定の試み、色覚について(その4)
 航空機乗員は、航空燈火等の識別を求められることから、色覚が正常でなければならない。航空身体検査をより的確に行うため、色覚検査における高精度で信頼度の高い測定手法の開発が求められている。こうしたことから異常度の検討と、色覚異常の程度判定を可能とするための検査器の試作を行った。
[5] 航空機乗員の平衡機能に関する研究
 航空機乗員には、平衡機能が正常であることが航空身体検査上求められている。現在の基準では、平衡機能障害の一つの判断材料として眼球振動検査がある。しかし、めまい等の自覚症状が完全に消失したにもかかわらず、眼振が持続する場合がある。そこで本年度から、この眼振と平衡機能障害との関係を客観的に判断する方法を確立するため、実機内で超小型測定器を使用し基礎データの収集を行った。
(2) 操縦業務と心身機能との関連についての研究
[1] 呼吸器循環器系疾患に関する研究
a. 気圧変化に伴う心電図及び循環器動態に関する研究
 飛行中の航空機乗員が気圧変化によって受ける循環器系への影響を調査するため、宇宙医学研究の分野で行われている、人間の身体の一部に重力に相当する圧力を加えた場合に起こる、血圧及び心拍数変化がどのように調節されているかについて調査研究を行った。さらに、圧力を取り除いた後の反応のずれについて、新しい手法による解析を行った。
b. ドップラ断層による心内異常血流動態の分析とfollow-up
 病状が比較的軽い心臓疾患(弁膜症)を持つ航空機乗員について、従来の検査方法(経胸壁)及び別の角度からの検査手法を用いて、心臓弁膜症とそれに付随する病状を調査分析し、使用した検査機器により誘発する合併症と血行にどの程度影響があるかについての調査研究を行った。
c. 肺嚢胞症に関する研究
 航空機乗員に気腫性肺嚢が認められた場合には、飛行中に発生する気圧の急激な変化による気胸の発生を考慮し、乗務の制限がなされている。しかし、気胸の発生するまでのメカニズムについて十分解明されるまでに至っておらず、かつまた最近増加が著しいことから、航空機乗員と同世代の成人男子及び2ヶ所の事業所の胸部レントゲン写真を分析するとともに、その発生頻度を調査し、取り纏めた。
d. 航空機乗員の心機能解析
 航空機乗員が、通常病気に対する自覚症状もなく健康であるにもかかわらず、航空機身体検査で心電図異常と判断され「不合格」になるケースがある。この心電図異常がどのようなメカニズムで生じているのか分かっていない。従って、航空機身体検査における心電図異常の判定時の資料とするため、心電図異常が一般的な健康な人々で、どの程度の頻度で発生し、またその発生原因について調査すると共に、臨床的にはどのような意義を有するかについて検討を行った。
[2] 青年期健常者の脳波学的検討
 青年期における脳波発達の過程の解析と、航空機乗員の適性に関する方向性を探ることを目的とし、航空機乗員を目指す航空大学校受験者872人について、脳波測定を実施し、その結果を類型化することで、脳波学的特徴について検討を行った。
[3] 航空機操縦業務と心身機能に係わる基準等の海外文献の翻訳
 我が国は、航空機乗員について身体検査基準を設け、指定医が検査証明を行っているが、常に国際基準を尊重し、航空の近代化に後れを取らぬよう、先進国の制度を比較研究する必要がある。今回は、最先進国であるFAAの航空機身体検査制度に関する文献の翻訳を行った。これは、航空審議会、航空身体検査基準部会及び航空身体検査証明審議会の審議を行う際の貴重な資料となるものである。
■事業の成果

航空機乗務における生態防御機構に関する研究においては、継続研究として実施した「難聴の発生に関する基礎的臨床的研究」、「騒音を含む複合負荷による聴覚心理現象」、「航空機機内環境が鼻腔機能に及ぼす影響に関する研究」及び「視機能測定の試み、色覚について(その4)」により、調査データ及び臨床データの拡充が図られ、音及び色に対する人体の防御機能に関する知見を深めることができた。さらに、航空機身体検査の一層の充実を図るべく検査機器の試作を実施できた意義は大きい。また、新規研究として実施した「航空機乗員の平衡機能に関する研究」では、直接パイロットの乗務を左右する問題を含むことから、実際の運航状況下で実施可能な装置を開発し、基礎的データの収集ができた。さらに装置の実用性についても検討を行うことができ、身体検査を実施する上からも役立つものと思われる。
 また、操縦業務と心身機能との関連についての研究においては、「呼吸器循環器系疾患に関する研究」により実施した細部に渡る研究から、航空機乗員が受ける循環器系への影響を新しい角度から解析することで、航空医学に関する基礎的データの入手が可能となった。また乗員の身体検査時に乗務の判断基準となる気胸及び心機能を診断するのに必要な臨床データが入手でき、基礎的な知見を得るとともに、身体検査や日常の健康管理に係わる基礎資料とすることができた。「青年期健常者の脳波学的検討」では、パイロットを目指す年代における青年男子の脳波の実態が、多くの臨床例から把握できたと同時に、脳波の類型を取り纏めることで、各々が持つ特徴についての検討を加えることができ、今後の航空機乗員に関する脳波研究に役立つものと思われる。





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