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昨年3月に日本の外洋型タグボート「韋駄天」が襲われ、日本人を含む3人が誘拐される事件が起こり、マラッカ海峡における海賊の存在が注目を集めた。ただ事件以降、この海域では警備が強化され、海賊の発生は抑止されていた。それが1年経ち、再び活動を活発化させてきたようだ。 私は「日本財団」に勤務し、海洋安全問題などを担当している。特に、日本に輸入される原油の80%が通過するマラッカ海峡の航行安全施策に携わってきた。この海峡は、浅瀬や暗礁が点在し航路が狭く、海難事故が絶えない。その上、ここでは海賊が出没し船の安全を脅かすのだ。必要上、私は海賊問題に深く関わることになった。それが高じて、いつしか歴史、民俗学の面からも海賊の研究を続けるようになったのである。 私の下には、日々刻々と海賊発生の情報が送られてくる。主な発信元はマレーシア・クアラルンプールにあるIMB(国際商業会議所国際海事局)海賊情報センターだ。つい7月27日にも、マレーシアの漁船が襲われ3人の乗組員が誘拐されたとの連絡を受けたばかりである。 韋駄天事件が発生した時も私の下には、マレーシア・インドネシアなどの捜査関係者、海運事業者、マスコミなどから多くの情報が寄せられた。だが、これらの情報の中には憶測や偽情報も多く、わざと不安をあおり、対応を誤らせる種類のものも必ず含まれている。私は、これらの情報を分析、精査することで事件の状況を正確に把握し、関係者へ連絡する役割を担ったのであった。 海賊は複数の国の領海にまたがり行動するため、国家の主権の壁が立ちはだかり、各国政府の対応には制約が多い。また海運の世界は、便宜置籍船制度、多国籍船員の混乗が進み、国家意識は希薄である。そのため、各国政府に代わり日本財団のようなNGOが対応しているのが現状だ。 また事件当時、私は、マスコミから多くの取材を受けた。人質の安否について意見を聞かれることが多かったが、当初から一貫して、今回の誘拐事件では人質に危害が加えられることはない、と言い続けた。奇異に思われる向きも多かったと思うが、実はそれにはわけがあった。この海域の海賊にとって船の乗組員は獲物であって、決して敵ではないからである。敵でなければ、殺すことは許されない。それが“奴ら”の「掟」なのだ。だから私は人質の身の安全について確信を持っていた。 海賊は略奪行為を繰り返す「悪」の存在である。だがその一方で、独自のルールを作り、自分たちの夢を追い続けているのだ。それは古今東西、必ず海賊の間に共通している。生と死が対峙する海の上では、人間はいかにも無能な存在にすぎない。海に生きる海賊は誰よりも、その海の恐ろしさを知っている。そして、自分自身を守り、生き続けるために掟を作り、遵守してきたのである。
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