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■海の恩恵受ける者に海守る義務
≪通航量急増と海賊の横行≫ 歴代総理大臣として初めて小泉純一郎首相は「海の日」の7月17日、メッセージを発表し、海洋国日本が果たすべき責務に言及した。海の恩恵を享受し、繁栄してきた日本が、「海の世界」に果たすべき役割は大きい。ひとつは、マラッカ海峡の安全確保である。この海峡を年間9万3000隻の外航船が通過する。世界一の輻輳(ふくそう)海域だが、航路幅は最狭部で600メートルと極めて狭く、東京湾のレインボーブリッジと比べても3分の2程度しかない。 この海域を、20万トン級の巨大タンカーやLNG(液化天然ガス)船などが数分ごとに通過する。行き交う大型船の間を漁船や小型の貨物船が横切る光景を目の当たりにすると、事故が起こらないのが不思議なほどだ。 日本人の使う石油の80%が、タンカーでこの海峡を通過している。近年、石油輸入国に転じた中国船の通航量も急増し、その重要性が一段と高まっている。 日本財団は1968年以来、「マラッカ海峡は日本の生命線」と、その安全確保を訴え、沿岸国のインドネシア、マレーシア、シンガポールに水路測量、航路標識整備、海賊対策など総額138億円の支援をしてきた。海事教育者や海上警備機関などの人材育成にも力を入れている。今年6月には、マレーシアの海上法令執行庁に教育訓練船も寄贈した。 アジアの経済が活性化し、中国だけでなくアジア各国の船がさまざまな物資を積み、この海峡を航行している。そのため関係者の間には、危険物の通航や過密化する通航船舶による大規模な海難事故への不安の声も高い。 マラッカ海峡は、いつ事故が起きてもおかしくない状況にある。加えて海賊が出現し、安全通航を脅かしている問題もある。 沿岸国は、厳しい財政状況の中で海峡の安全確保に惜しみない努力をしている。しかし、今や財政的にも沿岸国の力だけで海峡の安全を確保するのは困難な状況にある。 ≪ただとはいえぬ海の利用≫ 2005年6月、私は国際海事機関(IMO)でマラッカ海峡を例に挙げ、「海の利用はただでよいのか」と問題提起した。伝統的な「航海自由」の考えを逸脱する提案であったが、意外にも好意的に受け止められ、現在、国際的に議論が盛り上がっている。 昨年、ロイズ保険組合は、海賊、海上テロの危険が叫ばれるこの海峡を危険海域に指定し、保険料を増額した。これに伴い日本の船会社が支払う保険料は年間5億円以上増えた。マラッカ海峡に不測の事態が発生すると、インドネシアのロンボク海峡などに迂回(うかい)するが、行程が3日増え、1隻当たり約3000万円の経費増になるといわれる。もはや海の安全はただではないのだ。 沿岸3カ国の専門家による会合では、マラッカ海峡の安全維持に必要な航路管制のIT(情報技術)化、沈船の撤去などの事業を実施するには、20億円程度が必要とされている。 同時にマラッカ海峡の維持管理のため3カ国および日本財団を中心に利用者が経常的に支出している費用は年間約15億円にすぎない。これらの費用の負担を海峡利用者に求めたとしても、スエズ運河やパナマ運河の通行料の100分の1にも満たないはずだ。 時あたかも海運業界は空前の好景気に沸き立っているが、マラッカ海峡の脆弱(ぜいじゃく)な安全管理の下での不安定な好景気であることを認識すべきである。また、海運業界には高度な技量を要するLNG船の船員不足、船舶に起因する海洋環境汚染、セキュリティー対策など早急に対応しなければならない問題がある。 ≪業界も予防に積極姿勢を≫ 近年、世界的にCSR(企業の社会的責任)活動が活発化している。しかし、海運業界のCSR活動は十分とはいえない。現代社会は予防医学、紛争予防など問題の発生を未然に防ぐ「予防の時代」である。海運の世界でも事故を未然に防ぐ努力を怠ることはできない。 私は、マラッカ海峡において沿岸国の主権を尊重しながら利用者が協力する民間主導の国際的な枠組みを組織したいと考えている。来年3月を目途に、沿岸3カ国のシンクタンクをはじめ海運業界などに呼びかけ、協力体制の構築を話し合う国際会議の開催を計画している。 海峡の最大利用者である日本の海運業界は、CSR活動の一環としても、この枠組みづくりに主導的役割を果たすべきである。海から利益を得るものは海を守る義務を負う時代なのだ。(ささかわ ようへい)
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