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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: 海に守られた日本から守る日本へ  
コラム名: 正論  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2006/05/23  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  ■海洋基本法柱に体制構築を急げ

 ≪海洋も国益衝突の時代に≫
 海洋は地球の表面積の七割を占め、生命の源であるとともに、国家の枠外の緩衝地帯として平和の礎ともなってきた。とりわけ四方を海に囲まれた日本はその恩恵に浴し、発展を遂げてきた。しかし、二十一世紀を迎えた現在、海洋を取り巻く状況は一変している。海洋に接する国々は、海底資源開発や漁業など、海洋に関連する諸権利を明確に主張するようになった。
 その転換点となったのは、一九九四年の国連海洋法条約の発効だ。これにより海洋に面した国々には、沿岸から二百カイリが排他的経済水域となり、漁業管轄権、海洋調査権、海底開発権等の経済的諸権利が認められた。さらに大陸棚がある場合は最大で三百五十カイリまで海底資源の開発が認められるなど、個別国の権益が拡大された。
 その結果、半島、島嶼(とうしょ)など複雑な地形を持つ東アジアをはじめ、世界各地で隣国間の海域が重複して海洋権益をめぐる競合、競争、さらには紛争まで引き起こしている。東シナ海における最近の石油ガス田開発をめぐる日中間紛争も、その一つだ。
 海底資源の開発問題だけではない。赤潮や漂着ゴミなどの海洋環境汚染や、乱獲による漁業資源の減少なども国際問題化している。また、津波・高潮等の自然災害、薬物や銃器の密輸・密漁・海賊・海上テロ等の海上犯罪などの脅威に対し、これまでとは異なる対応が求められている。
 ≪専門省庁持たぬ海洋国家≫
 この海洋新時代の到来に伴い、各国は新たな国際的枠組みの下に、資源・環境・安全等の問題に総合的に対処する海洋政策の策定、海洋基本法など法制度の整備、海洋関係行政機関の統合など、海洋の総合的管理に向けた取り組みを着々と進めている。中でも先行しているのがオーストラリア、カナダ、米国などと並び、隣国の中国と韓国だ。
 中国では国家海洋局が中心となり、海洋の持続可能な開発を促進するため「中国二十一世紀海洋議程」を策定し、二〇〇二年には「海域使用管理法」を制定した。さらに、経済・外交政策と安全保障体制を呼応させ、管轄海域の拠点として重要な無人島の管理強化に取り組んでいる。
 また韓国も、海洋水産省を創設して海洋・沿岸域関係行政を一本化し、「21世紀海洋水産ビジョン」を策定して二〇〇二年には「海洋水産発展基本法」を制定している。このように各国とも海洋問題への包括的かつ具体的な取り組みを進めていることを十分に認識しなければならない。
 これと対照的に日本は、海洋の総合的管理に向けた取り組みが遅れている。いまだ管轄する政府機関は九省庁十六部局に分かれ、旧態依然の機能別・縦割りで、海洋担当大臣も存在しない。それが新しい海洋秩序に対応できない大きな原因となっている。
 今、世界では、海洋領域の再編を自国に有利に具体化しようとするプロセスが進行中であり、その中で隣国間の駆け引きが過熱している。しかるに、海洋担当省庁を持たない日本は、国際舞台の蚊帳の外といった観は否めない。他国や国際機関のカウンターパートとなる組織がないのでは土俵に上ることすらできないのが現実である。
 かつて隣国との関係は「海に隔たれている」と考えられていた。しかし、国家間が対峙(たいじ)する今日では海洋に国境線が引かれ、「海は隣国と接する」現状を直視し、海洋に関する協調と競争を考える必要がある。また国際社会において海洋権益を主張するには、海洋安全保障や環境保全等の義務の履行が求められる。そのためには、わが国の立場を明確にする海洋政策の策定、その根幹となる海洋基本法の制定は急務である。
 ≪ようやく始まった研究会≫
 日本財団の姉妹財団である海洋政策研究財団は、二〇〇五年十一月に「21世紀の海洋政策への提言」を発表した。先般、この提言を真摯(しんし)に受け止めた心ある政治家、有識者の方々が「海洋基本法研究会」(代表世話人・武見敬三参議院議員)を発足させ、来年の通常国会への海洋基本法提出および海洋政策大綱策定を目指した研究が始まった。
 これを機に、海洋担当大臣の任命、内閣に海洋担当政策統括官の設置を行い、国際的に顔の見える海洋政策を推進すべきだと考える。「海に守られた日本から、海を守る日本へ」と政策転換をはかり、世界に開かれた海洋国家として、国際社会で積極的な役割を果たしてゆくことが日本の繁栄へとつながる。
 海洋基本法の制定を柱とした海洋政策の推進には、まさに「海洋国家日本」の命運がかかっているのである。(ささかわ ようへい)

 



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