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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 恵まれた日本  
コラム名: 透明な歳月の光 151  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2005/03/18  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   自国の「悪口」やめよ
 3月13日付の全国紙に、静岡市の63歳の主婦の投書が掲載されていた。
 自民党の新憲法起草委員会がまとめたという前文に、「水清く緑濃く四季巡り五穀豊かに、命に満ちて幸多い国である」とあり、「美辞麗句に驚いた」。「その通りとうなずく国民がどれほどいるだろうか」というのである。
 私は国民の1人に入れてもらえないのかもしれないが、自民党案の通りに感じている。それは日本の幸運の結果だ。それプラス日本にはすみずみまでに、植林や農業に精を出すすばらしい人たちがいる。その人たちがよく経営された国を作ってくださった。私が現在働いている財団を通して、日本の民主主義を体験してもらうためにサマワから招聘(しょうへい)した宗教指導者や女性教師たちは、伊勢神宮の境内に立って息をのんだ。
 「聖戦」と呼ぶ自殺テロで死ねば、テロリストたちは天国で流れる清らかな水と緑あふれる茂みの傍で憩うことができると教えられているという。しかし日本では、殺人を伴うテロをしなくても、誰もが流れる清流と緑の山を見られることを、私たちが何も説明しなくても彼らはこの眼で見たのである。
 私は今の日本が決して完全だと言っているのではない。政治家も身を正すべきだ。しかし日本は私が行ったことのある120カ国ほどの中で、国民に基本的生活の安全を与えている数少ない国家の1つである。
 投書には、「食料まで他国に依存し、山奥は荒れるに任せ、飢えた動物が里へ降りてくると即殺され、学校、家庭、社会に虐待や自殺、犯罪が横行している。自衛隊を軍隊ではないとか、イラクは危険でないとか言いくるめた自民党のいつものやり方を憲法にまで使うとは、許せないことだ」ともある。
 食料やエネルギーを他国に依存するのは危険なことだという意見には私も同感だ。しかしアフリカの貧しい国には、里で殺して食べられる動物もいない。アフリカだけでなく、コロンビアやチェチェンなどに見られる難民。学校に行けず、働いている子供たちはどこにでもいくらでもいる。サハラ以南のアフリカは、飢餓線上にいて医療も得られない人々だらけだ。コンゴ、ウガンダ、スーダンの虐殺や暴行は、今日も行われている。マラリア、結核、エイズは放置されていると言ってよい。思想、学問、職業選択の自由は事実上ないに等しい貧困である。それらの国々に比べたら、日本は天国だ。それともそうした国々のことは比較することさえしなくていい、とこの人は切り捨てているのだろうか。
 自民党案の前文は旧制高校の校歌風の古めかしい表現だから現代の人の心を打たないのだろう。しかし事実を無視して、ことのついでに自国を悪くいえばいいという姿勢を、私はとらない。(毎週金曜日掲載)
 



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