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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 早食い競争  
コラム名: 透明な歳月の光 137  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/12/03  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   力貸すTV局の反社会性
 11月16日付のシンガポールの新聞記事で知ったのだが、コバヤシ・タケルという26歳の青年が、米テネシー州のチャタヌーガで開かれたコンテストで、8分間に69個のハンバーガーを食べるという記録を打ち立てて優勝した。彼は体重は60キロしかないが、日本代表として、4年間ストレート勝ちをしており、しかも自己の持つ記録を伸ばしている。
 ハンバーガーとは言うが、写真を見ると、彼の前に乱雑に積まれているのは、ホットドッグである。この人はこの特殊な才能のおかげで、フル・タイムの仕事に就き、日本で有名になったというから、私だけがちょうどそのころ日本にいなくて知らなかったのだろう。彼は賞金1万ドル(100万円余)を手にした。
 「コバヤシは間違いなく、この地球という星に生まれたもっとも偉大なイーターである」と国際競食連盟のディヴィド・ベヤー氏は言っている。私は「イーター」のいい訳(やく)を思いつかない。つまり「食べる人」ということだ。
 私はたいていの人間の愚行と、その話が大好きな性格なのだが、この話ばかりは少しも気分がよくない。そんなにたくさん食べてどうするのだ。そんなに早く食べてどういいことがあるのだ、などと言うのはヤボな話だが、そもそも食は文化で、まず料理、盛りつけ方、食べ方、食べる場所、食べながらの会話などすべてに総合的な意味があるものなのである。しかしこれは動物の餌だ。
 気分のよくない原因は、8分間で69本ものホットドッグを無理して食べることが、今この瞬間世界中で食べるものもなく飢えている人たちに対して、ずいぶん残酷で無礼な話だと思うからである。
 しかし残酷な仕打ちはまだ許せる。この人はそうとうに愚かな人だとも思うが、愚かな所など誰もがどこかに持ち合わせているのだからいいだろう。ことに100万円儲(もう)ける口だと思ったとすれば、まあご勝手にという感じではある。
 しかし問題は、この青年が締めている鉢巻きである。白地に赤で「TVチャンピオン」と書いてあるところを見ると、どこかの局が後にいるのであろう。
 個人の行為としての愚かさはどうでもいいが、テレビ局がこういうことに積極的に力を貸しているとしたら、それはやはり反社会的な感覚である。非常識な番組のスポンサーになっている会社の名前も知りたくなってきた。
 日本は、他国の惨状に無感動で、無知で愚かな青年がいる国だというイメージは、こういう記事からも作られる。テレビは限られた人だけが使える社会的な手段だから、こういう非人道的で残酷な番組にチャンネルを明け渡すことはない、と私は常識的だ。
 



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