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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: NYCマラソン 人間を創る町の学校  
コラム名: 透明な歳月の光 134  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/11/12  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   久しぶりにアメリカに行ったのは、11月7日の日曜日に行われたニューヨーク・シティー・マラソンを観るためであった。これと同じようなマラソンを、2006年の春に東京でも行うことを都知事は宣言している。私の働いている日本財団はその財源の1つになるはずだ。
 今度のニューヨークでは、約3万5千人が走った。そのために橋は車を止め、大通りはランナー専用の道にする。
 ニューヨークで感動したのは、どれだけ与えられた空間や時間を人々のために使おうとしているか、を感じたからだった。
 大都市の空間も時間も、すべて住民の共通の資産である。だからチャンスを作って幸福や健康を生むために、その機能を使い尽くさなければならない。そのためにすべての人が働き、いささかの犠牲を喜んで払い、他人のために仕えることができたことを誇りに思えねばならない。「前例がないから」とか、「そこで事故が起きたらどうしようか」とか恐れていたら、空間も時間も機会も死蔵することになる。
 このような催しはドラマなのである。走る人も応援する人も、生きたドラマを見ようとして集まる。何しろ42キロほどの長い道程を「大勢で、しかし1人で」走るのだ。プロは別として、早い人でも4時間、5時間はかかる。途中で食事を取りながら、朝まで完走ならぬ完歩している人もいるという。その間の心理は、小説になる。
 私にとって印象的だったのは、ニューヨーク市警察のおまわりさんたちだった。日本のおまわりさんは勤務中は無表情だ。しかしニューヨークのおまわりさんは、ランナーに手を叩(たた)き、声をかけて励ましている。そもそもおまわりさんのマラソン・クラブみたいなものもあって、彼らも選手を送り出している。シティー・マラソンは市民のためのものだから、当然おまわりさんも参加するのである。
 オートバイ警官は、入れ墨もありそうな大男たちだが、少年や若い娘たちに大人気だ。並んで写真を撮られるのも、彼らの任務の1つである。これがイタリアだったら、さらにマントを肩からはね上げて、伊達(だて)男のポーズを取ることも忘れない。こういう心の余裕と人生を楽しむ姿勢を、私は日本の警察にも学んでほしいと願うのである。
 ニューヨークのパトカーの扉には3つの標語が書いてあった。「コーテシー(礼儀正しさ)、プロフェッショナリズム(プロとしての根性)、リスペクト(人間への敬意)」である。つまり標語を書かねばならないほど彼らはそれを守っていない、ということでもあろうが、粗削りの人間性を失っていないということでもある。こうした催しは、すべての人にとって人間を創る町の学校だということだ。
 



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