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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 対イラク まずアラブ社会に通暁を  
コラム名: 透明な歳月の光 133  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/11/05  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この欄で私はもうイラクのことを書くのはよそうと自戒しているのだが、私の動物的な本能がイラク情勢が音もなく嫌な方向に向いていると感じられるので、再度そのことに触れるのを許して頂きたい。
 香田証生(しょうせい)さんが拉致殺害されたのは無防備に過ぎたことが第一の理由だが、青年を殺害する誘因となったのはマスコミである。報道しないわけには行かない立場もわかるが、テロリストが好きなのはハイライトを浴びることだ。新聞が書き立てたことで、この一介のバックパッカーは「殺すに値する」人物となった。
 この事件に関しては、日本政府は、ほとんど何の情報も取れていない、と非難する向きもあったが、そういう人たちに、それならあなたにはどれほどの情報ルートがあるのですか、と聞きたい。「イラク・アルカーイダ聖戦機構」なる組織が日本政府から釈放の見返りとして「数百万ドルの身代金支払いの提示があった」と言っているのに対して外務省は「犯人側に条件を提示したことはない」と返答した。
 しかしアラブは心を金で示すのが基本ルールの世界だ。もし日本が、香田さん救出のために金を提示しなかったらそれは非常識で愚かということになるが、同時に外務省は新聞記者からその手の質問を受けたら、事実無根と答えるのが当然の常識だろう。だからこのようなことで政府や関係者をきりきり舞いさせる香田さん的行動は、いつでも誰でも日本国家と国民に大きな迷惑をかけるのである。
 11月2日の衆院本会議で、民主党がサマワ周辺について「自衛隊が活動できる『非戦闘地域』ではなくなった」と非難したというが、そもそもこの質問も時流に乗ろうとしたものだ。相手はゲリラなのだ。ゲリラにとっては戦闘地域も非戦闘地域もない。ゲリラはむしろ日常的な場所で、非戦闘員をも巻き込んで破壊活動を行うものだろう。
 戦闘地域とか非戦闘地域とか区別するのは、正規軍を考えた場合の色分けである。それに自衛隊がもし「非戦闘地域」にしか行かないのなら、自衛隊でなくて、土木技術にもっと優れたゼネコンが小人数で行けばいいのである。戦闘の危険性があるからこそ、一般の土木技術者には手が出ないのだ、と私は解釈している。
 ワシントン・ポストの名物記者ボブ・ウッドワードの『攻撃計画?ブッシュのイラク戦争』を今、私は読んでいるが、ブッシュを中心とする戦争計画者たちが、どれだけイラクに住む人たちの精神構造と文化を研究していたか、という点に関心があった。しかし大統領周辺にはアラビストの姿はない。日本の総理も閣僚も「敵を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず」の孫子の兵法に従って、アラブ社会に通暁してから、ことを決められることを願う。
 



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