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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イラクのお客さま  
コラム名: 透明な歳月の光 128  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/10/01  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   ■生き方も人さまざま
 自衛隊のサマワ駐留の支援とか、イラクの戦後復興の援助とか、大げさなことを考えたわけではないのだが、今年になってから、私は働いている日本財団でイラクの女性教師を日本に招く案を立て、その実行を姉妹財団の東京財団に依頼した。幸い東京財団では医療関係者を日本に招聘(しょうへい)する企画を持っていたので、そこに乗っけてもらって実現したのである。
 イラクには日本のような全国的なマスコミはないだろうが、男の入れない「女部屋のお喋(しやべ)り」の伝播(でんぱ)力は絶大なもので、日本へ行った土産話はテレビ以上の力で伝わるだろう、と私は信じたのである。
 男女同権、女性の社会進出、自由解放など私も大賛成だから、子供たちを教える学校の女性の先生たちに日本の実態を見てもらっておけば、イラクの将来にきっと大きな影響を与えられるだろう。
 昔、8歳の津田梅子さんがアメリカに留学し、その後の日本の女子教育に大きな力を与えたことを思えば、一粒の種を蒔(ま)いてさえおけばいつかは繁るだろう、と私は信じている。
 またそのついでに日本に親近感を持ってもらえば、サマワの自衛隊に対しても心をかけてもらえ、どこかで安全にも繋(つな)がるだろうと期待したのである。
 1回目の5月の時は女性は2人で、私の自宅でお食事に招くことになった時は、ハラルと呼ばれる食事規定に抵触しない範囲で海老フライ、ホタテ貝のバター焼き、お魚の塩焼き、お茶碗(ちゃわん)蒸しなど、器にも気を使った。ハラルでは、豚肉はだめ、鶏肉も牛肉もイスラム教の教えに従って屠ったものでなければならない。肉だけはトルコ料理屋さんの出前に頼んだが、結果として評判がよかったのは、スパゲティ・トマトソースとじゃがいものフライだった。他のものは恐ろしそうにしていて、あまり手をつけない。
 今回2度目のお客さまは6人で、4人はサマワから、2人はバグダッドからだった。
 5月のお客さまたちは、我が家へ着くとまず足と手を洗ってお祈りをなさった。今度もすぐ浴室にご案内し、畳の部屋に白いシーツを敷いて、礼拝の場を整えておいたが、今回ヴェールをつけているのはサマワ組だけで、バグダッド組は2人とも達者な英語を話し、見事な髪形とパリ・ファッションで、他家の食事に招かれたような場合には祈りにも加わらなかった。
 私の夫は、それを素早く察して「日本ではこのようなものを食べます」と雲丹(うに)、イカの塩辛、鮎の佃煮、タクアン、などあらゆるものを勝手に持ち出して供したら、すべてを味見なさった。しかしサマワ組は、いなりずしもコワゴワであまり手をつけない。
 イラクが決して一枚岩の国ではない部族社会だということは始終言っていたが、いい悪いではなく、バグダッドとサマワとでは、全く別の国ほど違うとわかった。
 昔、私は岡倉天心の「アジアは一つである」という1行に激しく反撥(はんぱつ)したが、アジアどころか同じイラクでも土地によってこれほどに生き方が違うのである。
 



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