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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 「親切」の徳 専売品化が生む差別意識  
コラム名: 透明な歳月の光 121  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/08/06  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   オーストラリアを旅行中、何度もこの国の人は親切です、という言葉を聞かされた。
 私はかねがね「人の言うことを単純に信じてはいけません」と言うことにしている根性曲がりなので、初めはその手の「よい噂(うわさ)」を気にも留めていなかったのだが、数日経つと本当にそうらしいということがわかって来た。
 杖(つえ)をついた方に付き添って空港の売店を歩いていたら、私の大きなハンドバッグが売り場においてあったボールペンのスタンドにひっかかってもろに2、30本のペンが床に散らばった。店の人が怒るでもなかったが、私は慌てて復旧にかかった。しかし2、30本を元に戻すのだから、少し手間がかかる。すると通りがかりの30代の女性が最後まで手伝って拾ってくれた。
 最近のホテルでは、エレベーターも、自分の部屋のカードキーを使わないと動いてくれない。機械に差し込むのにもたもたしていると、同乗の家族連れが素早くやってくれる。下りる時にもカードがいるのだろう、と思ってハンドバッグを探っていると、(実はこれが常識なのだが)「下りる時はいらないんですよ」と同乗者が教えてくれた。
 隣家が60キロ向こうという村の生活もあるというお国柄だから、「空飛ぶ医師たち(フライング・ドクターズ)」というヘリで往診する組織もできた。学校の分教場を作れと言っても、そんなことができるような人口密度ではないから、やむなく孤立した農場では自分の家の子供たちのために今でも家庭教師を雇うという。
 日本では国家が何でも望みを叶(かな)えるのが当然だ、という姿勢だが、そんなことを言っても現実には不可能だと、この国の人は知っているのだろう。だから、お互いに助け合って生きることが最上の方法と悟ったのだろうし、我慢すべきことはするような空気もできたのだろうか。
 オーストラリア人の本家とも言うべきイギリスだったら、と私は時々考えた。イギリス人なら、ボールペンを引っ繰り返した奴は、自分で拾えばいい、という感じで無視しているだろう。エレベーターの乗り方もわからない奴にはそれなりに苦労させておけという態度を取るか、微(かす)かな侮蔑(ぶべつ)を押し隠して仕方なく時間のロスを防ぐために手伝ってやるか、どちらかであろう。
 かくして本家と分家の人間性の差異はますます大きくなり、私の胸をワクワクさせる親切などという素朴な徳は、分家の専売品になる。本家というものは格式に拘(こだわ)り、ほとんど意味のない優越感と、言うに言われぬ落ち目の実感に対する劣等感と、いつ分家の息子たちの方がいい大学に入るのではないかという恐怖の裏返しとが、どろどろの情熱の表現を取ることが多い。つまりもって廻った抜きがたい差別意識に繋(つな)がるのである。こうした家族の感情は、国の場合でも同じだろうか。
 



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