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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イラクの治安維持  
コラム名: 透明な歳月の光 110  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/05/21  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
  【当事者に選ばせるべき問題】

 私ていどに経済や国際的な仕組みのわからない人も世間にはいるだろうから、その代表という思いで書くのだが、アメリカはイラク進攻のどこを終点と考えているのだろう。

 イラクに住むイスラム教徒の人々が、「アメリカ型の民主主義」や「解放」など、今すぐには望んでいないことはことが起きる前から明白だった。彼らは「一夜の無政府主義より、数百年にわたる圧政の方がましだ」とはっきり格言の中で言っているのである。

 アメリカを始めとする欧州各国のほんとうの目的は、イラクの石油の利権を手に入れることにある、と言われる。これを納得するとしても、実際的に、奥地で生産される原油は、長いパイプラインで積み出し港まで持ってこなければならない。

 教えられたところによると、原油は精製したものより燃え易いという。パイプラインは数百、数千キロの長さに及ぶとすれば、そんなものを破壊的な勢力から守り切る方法などないだろう。地下に埋設したら、その工事費はどれだけになるかしれない。それに地上だろうが、地下だろうが、パイプラインを自爆テロから守ることは不可能だ。

 もちろん特定の部族の連合が、アメリカなりどこかの先進国と結んで、その石油ビジネスに参入し、自分の勢力範囲にパイプラインを通せばいいことになる。しかしそのおこぼれに与(あず)かれなかった部族は必ず破壊的な行動に出る。

 イラクは、日本みたいな「ほとんど単一な人種による近代国家」ではないのだから、国家としての代表的な意見もないし、「国民」がその国家的決定を守る力もない。

 こうした点がわからないでアメリカの愚かさに追従した自衛隊の派遣は意味がないと私は思う。意味があるとしたら、それとは別に、サマワの部隊の人たちが、人間的優しさや誠実さや秩序や勇気を示したということだ。しかし水道や学校の整備はもっと安くできる。こんなに効率の悪い金の使い方もなかったろう、ということは事実だ。

 脅しで撤退するのは、よくないが、一年という期限を設けたのなら、一年で撤退すればいい。何より大きな理由はイラク中のあちこちで「アメリカとその仲間は帰れ」の声が上がっていることだ。その土地に住む人々の望み通りにするのが一番いいのである。

 ただし現地でデモをやっている人たちの言う通り国連の平和維持活動が引き上げたら、一番困るのは当のイラクに住む人たちだろう。しかし私は自己責任が好きだから、当事者に選ばせるべきだと思う。

 期限つきで撤退するのは、少しも卑怯(ひきょう)なことではない。外国産の石油はもはやビジネスとして引き合わなくなるだろう。水とエネルギーと食料は完全に自国でまかなう研究に、日本は今から強力に取り組む他はない。
 



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