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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イラクの治安?正確に報道されない実態  
コラム名: 透明な歳月の光 102  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/03/26  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この原稿を書いているのは、3月19日の金曜日で、テレビのニュースは台湾の陳水扁総統が狙撃された事件と、開戦1周年を迎えるバグダッドの様子を伝えている。

 イラクで起こるテロは、今やCPA(連合軍暫定当局)の本拠や、戦後のイラクに投資チャンスを求めてやってくる外国人を標的にし始めている。つまりテロリストたちは、イラクの戦後復興がうまくいくと困るので、財政界の双方の面から妨害を始めている。

 テロリストも、物盗り強盗も、当然武装しているので、それに抵抗すべく町の住人たちも武装する。そもそも狩猟用だけには許されているという銃も、町の鉄砲店で簡単に手に入る、とテレビは報じていた。「今は一刻も早い、治安の回復が望まれています」と現地にいる記者は言う。

 しかし「治安の回復」という言葉はまことに不正確だ。イラクの土地には、サダム・フセイン時代に、今よりやや治安がよいように見えた状況が実現していただろう。しかしそれは、密告、移動の不自由、裁判なしの投獄、虐殺など、誰もが二度とああいう時代を経験したくない、という圧政の時代であった。

 しかしサダム以前になら治安のいい時代があったかというと決してそうではなかったはずだ。この国には歴史的にほんとうの治安を維持する体制が存在したことはない。銃とナイフがなくて済む生活は、今まで一度もなかったはずだ。

 パキスタンのムシャラフ大統領は、北朝鮮に核爆弾の作り方を教えたカーン博士の過去の行動が明らかになってからは、何とか失態を取り戻して西側世界の信頼を回復したいのか、ウサマ・ビンラーディンやアルカーイダの主要メンバーを逮捕するのに積極的な姿勢を見せている。アルカーイダ対政府軍の戦いが北部で続けられており「包囲網は縮まった」ともテレビは報じた。

 しかしこれも正確でない表現だ。もし完全な包囲網ができているなら、袋のネズミはまもなく弾薬も食料も尽きてお手上げになるはずだ。

 しかし、彼らは決してそうはならないだろう。彼らの世界は、完全な包囲などできるわけがないからだ。誰かがちょっとしたバクシーシ(お心付け)を出せば、いかなる包囲網もたちどころにさっと穴が開き、物資や人を通した後でまたさっと閉じられて痕跡も残さないものなのである。またどの包囲網も、警備の中に同じ部族の「従兄弟」がいれば、金、食料、武器、麻薬、人間、あらゆるものが見事に包囲網の網の目をすり抜けて移動でき、その結果の儲けは従兄弟同士で分けられる仕組みだろう。

 そうした事実を正確に報道しないテレビは、やはり日本国民の知るべきほんとうのニュースを伝えているとは言えないのである。
 



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