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貿易は、日本経済に不可欠であることは言うまでも無い。物資の輸出入の約95%は、海運に依存している。海洋国家を自称する日本は、海の安全に目を向けて行かなければならない。今日、日本の海運を脅かす問題として海賊、海上テロが取り上げられている。
日本の海賊対策は、日本財団など民間の提言にはじまり、海上保安庁を中心に実施されている。現在、アジア海域をはじめ国際的に行われている海賊対策の規範は、日本の施策である。
2000年からアジア各国が参加し、海賊対策専門家会合が開かれている。シンガポール、日本、マレーシア、インドネシア、フィリピンと各国の持ち回りで開催してきた。海賊に対するアジア諸国の協力体制は堅強なものとなりつつある。
白い船体の日本の巡視船が、マラッカ海峡を中心としたアジアの海域に出動し、沿岸国と共同で、警備捕捉訓練を行っている。既にインドをはじめとして6カ国で実施した。アジアの各国からは、日本の海上保安庁との合同訓練の開催を求める声が強い。現在は、海賊のみならず、懸念される海上テロ対策においても日本の海上保安庁の中心的な役割が期待されている。
≪ 類似点が多い海賊と海上テロ ≫
2003年9月、オーストラリア沖の公海上でPSI(拡散安全保障イニシアティブ)に基づく、関係国による合同阻止訓練が行われた。「パシフィック・プロテクター」と呼ばれるこの訓練に、日本からは、海上保安庁のヘリ搭載型巡視船「しきしま」が参加した。
大量破壊兵器の輸送、テロリスト等への武器の拡散の阻止を目的とした、各国の海軍および沿岸警備機関の連携訓練である。
2002年10月、イエメン沖に錨泊中のフランスの大型タンカー「ランブール号」に小型ボートが体当たりする自爆テロ事件が起こり、乗組員1名が死亡し、17名が負傷している。この事件は、テロ組織アル・カエダによるものと見られている。この事件を契機に海上テロの危険性が指摘され、早急な対応が求められている。フィリピン南部やインドネシア・マラッカ海峡西部に出没する海賊は、イスラム過激派組織と関係があると見られている。実際に、自由アチェ運動(GAM)を名乗る海賊が、自動小銃やロケットランチャーで武装し、小型タンカーを襲い、船員を人質に取り身代金要求をする事件を起こしている。
現在、海賊と海上テロリストの行動は、類似点が多く、海上テロ対策は、海賊対策の延長線上で進められている。海賊、海上テロリストとも戦場さながらの銃器で武装し、航行する船舶の安全を脅かしているのである。
≪ 日本人にとっても無緑のものではなくなった ≫
1999年10月、日本の船会社が運航する貨物船「アロンドラ・レインボー号」がマラッカ海峡で海賊に襲われる事件が起こった。アロンドラ号には、船長と機関長、2名の日本人が乗船していた。この事件は、海賊はお伽噺の中だけでは無く、現代社会にも存在していることを多くの日本人に知らしめる切っ掛けとなった。
海賊は、有史以前から存在する犯罪と言われている。紀元前、エーゲ海付近には海賊が頻繁に出没し、地中海で活躍するフェニキア人商人を悩ませた。
10世紀前後、スカンジナビア半島を基盤にしたバイキングは、海洋を渡りヨーロッパ各地を侵攻した。中世ヨーロッパの紛争は、私掠船を生み出し、広範囲で活動する海賊が生まれた。新大陸発見後、中南米の財宝に目をつけた海賊たちは、カリブ海を無法地帯としパッカニアと呼ばれ恐れられた。海賊は、7つの海を股にかけ、神出鬼没の活動をしてきたのである。
2003年、全世界における海賊の発生件数は、445件。これは、海賊対策の国際機関であるIMB(国際商業会議所国際海事局)が公表している統計である。1980年代後半、アジア海域を中心に海賊事件が続発した。海賊被害を憂慮した海運会社、損害保険会社、商社などを会員とするIMBは、92年、クアラルンプールに海賊情報センターを開設し、海賊情報の収集、発信と被害対策を開始した。
海賊事件が最も多発したのは、2000年。年間469件の事件が発生している。海賊被害が最も多い海域は、インドネシア沿岸であり、119件が発生、次に多いのはマラッカ海峡(シンガポール海峡も含む)の80件である。
マラッカ海峡は、年間7万5000隻を越える大型船舶が通航する世界一の輻輳海域である。マラッカ海峡の最大の利用国は日本である。およそ1万4000隻の日本の船会社が保有する船舶が航行している。その比率は、全体の18%を超えている。日本人の生活を支えている石油の約80%が大型タンカーに積まれ、この海峡を通過し、日本に運ばれている。マラッカ海峡が日本の生命線と言われる所以である。
この重要海域が、現在、海賊の多発海域となっている。海賊事件は、日本人にとっても無縁のものではなく、早急に対応しなければならない問題である。
≪ マラッカ海峡で多発する海賊事件 ≫
マラッカ海峡は、狭い海峡内に浅瀬岩礁、沈船が多く点在する航行の難所である。IMO(国際海事機関)は、海難事故を防ぐため分離通航帯を設置し、船の深さの制限、大型船の速度規制など幾つかの規則を設けた。
船は、決められた航路を航行することが義務付けられ、海賊多発海域を避けて通ることができない。また、海峡の沿岸には、島々が点在し、海賊たちの格好の隠れ場所となっている。
アラビア半島で石油を積み日本へ向かう船が、マラッカ海峡通過以外の航路を選択するならば、インドネシア・スマトラ島の南側からロンボック海峡を通過することになる。この航路は、マラッカ海峡を通過するよりも3日間航行日数が増えることになる。
そのため、船会社は、マラッカ海峡の通航を選択しているのである。
前述のアロンドラ・レインボー号は、インドネシアにあるスマトラ島のクアラタンジュン港でアルミインゴット7000トンを積み込み、福岡県の三池港に向け出港した。同号は、出港1時間後、マラッカ海峡内で、海賊に襲撃された。船員は、別の船に移され数日監禁された後、救命いかだに乗せられて、海上に放置され、11日間漂流した後、タイのプーケット島沖で、漁船に救助された。アロンドラ号の船体は、積荷とともに奪い去られた。
ここ数年、マラッカ海峡では、海賊事件が多発し、社会問題となっている。日本の船会社が所有する船舶の被害も発生し、日本経済を支える海上交通に影響を与えている。
アロンドラ号事件の前年の98年、同様にアルミインゴットを積んだ兵庫県の船会社所有のテンユー号が海賊に略奪され、後日、中国・長江沿岸の張家港(チャンジャガン)にて別の船名に変えられ停泊しているところを発見された。乗組員は、インドネシア人に変わっており、本来の同号の乗組員である韓国人2名、中国人12名全員が行方不明となっている。積荷のアルミインゴットも既に無く、パームオイルが積み込まれていた。
また、2000年2月には、東京の船会社が所有する小型タンカー「グローバルマーズ号」がマラッカ海峡北部で海賊に乗っ取られる事件が起こった。乗組員は、小船に移され海上に放置されているところを救出されている。
≪ 変化する海賊の手口 ≫
東南アジア海域を中心として発生する海賊事件の形態は、年々様変わりしている。90年代後半に発生した国際犯罪シンジケートによる乗っ取り・略奪型の事件が減少し、近年は、反政府組織による身代金目的の誘拐海賊事件が多発するようになった。また、内戦、宗教・民族対立、独立運動などにより武器が流通している地域の周辺では、海賊の武装化が進行している。ロケットランチャーやマシンガンなどで重武装した海賊による商船への襲撃が頻繁に報告されている。
2002年に入ってからは、営利目的の誘拐型海賊事件がアチェ地方沿岸部を中心に増加している。海賊が襲う船は、小型のタンカー・貨物船、漁船など船員が少なく無防備な船が多い。
インドネシア当局によると、これらの海賊事件により得られた身代金は、イスラム反政府組織の資金源とされているという。身代金の要求事件は、被害者の安全確保の問題などから被害の届出が少ない。海賊も被害者の弱みに付け込む巧妙な手口を使っている。
マラッカ海峡沿岸部における海賊事件の形態の変化は、沿岸警備機関にとって深刻な問題である。重火器の装備、舟艇の大型化などの対応が迫られている。
また、インドネシア領海内では、「海のこそ泥」窃盗型の海賊事件が多発している。航行中の船に、小型漁船で近づき、船内に忍び込み金品を略奪するのである。特にマラッカ海峡の中でも航行の難所とされるカリムン島付近で頻発している。
2001年6月、カリムン島沖を航行していたインドネシア政府海運総局の航路標識施設船カラカタ号が海賊に襲われ乗員の1人が重傷を負い、船用金などが奪われる事件が発生した。この事件では、海賊グループのうち1名が船員に取り押さえられた。
カラカタ号は、マラッカ海峡内に設置されているブイなどの航路標識の点検と補修を行うための船である。同号は、デッキにクレーンを搭載していて、貨物船のような形態をしている。逮捕された犯人は、中国の貨物船と勘違いし襲撃したと自供している。
主犯格は、バタム島に本拠地を置く犯罪グループで、不況下で職を失った船員などを集め組織を構成している。今回の犯行では、カリムン島で、8人の漁民をグループに加え、総勢13人で海賊行為に及んだ。バタム島の海賊グループは、ハイジャック型の海賊事件が多発していた頃の実行犯グループであると推測されている。
マラッカ海峡は、近年、海賊事件が多発し「海賊海峡」と呼ばれるようになった。
≪ 海賊に襲われた日本船 ≫
1999年、テンユー号事件の報告を受けた後、日本財団では、海賊被害に対する調査を行った。かねてからマラッカ海峡付近において、海賊が頻繁に出没しているとの情報を受け、日本への影響を懸念していたからである。
日本の船は、どれぐらいの海賊被害を受けているのか、外航船舶を所管している運輸省(現国土交通省)に問い合わせたところ、98年は、2件の報告を受けているとの答えであった。ところが、日本財団の担当者である私が得ていた情報だけでも10件を越えていたのである。
海賊対策を行うにあたって、現状を把握するため国内の船会社約200社に対し海賊被害についてのアンケート調査を行うとともに、主要外航船会社7社を訪問し、船舶運航責任者からヒアリング調査を行った。
アンケート調査の結果、98年には20件被害を受けていることが判明した。
海運の世界では、船籍(船の国籍)を税金や船員規制が緩い国に置く、便宜置籍船制をとる船が多い。日本の船会社が運行する船は、日本商船隊もしくは日本関係船といわれる。2002年の日本商船隊の船腹量は、1988隻。そのうち日本船籍は、110隻、わずか5.5%にしかすぎない。政府としては、国籍を持たない船の状況まで把握することは不可能である。
2002年、日本関係船の受けた海賊被害の件数は、16件。過去、最も多かったのは、アロンドラ・レインボー号が海賊に襲われた99年の39件である。日本関係船の被害が若干減少したのは、船の自主警備が進んできたことが理由の1つとしてあげられる。
≪ 日本の海賊対策はいかにあるべきか ≫
日本財団の調査結果の公表を契機に、日本の船会社は海賊対策に目を向けるようになった。99年7月、同財団の主催で、船会社を対象とした海賊対策担当者セミナーが開催され、160人もの参加者を集めた。その場で、世界的な海賊の活動状況、IMBの対応が紹介され、また、日本財団がヒアリング調査でまとめた各船会社の海賊対策の事例が報告された。
90年代後半は、国際犯罪シンジケートによるとみられる海賊事件が多発していた。その手口は、銃やナイフで武装し、航行中の船舶を乗っ取り、積荷と船を奪い、船員を海上もしくは、離島に放置するものであった。積荷は、証拠の残りにくいガソリンや軽油などの加工した石油類が多く、後にアルミニウムなどの高価値のものへと推移して行く。盗まれた積荷は、ブラックマーケットで換金されていた。
船は、ファントムシップと呼ばれ、船体の色を塗り替えられ、船名も変え、別の船になりすまし、主に密輸などに使われるケースが多い。海賊たちは、複数の国の領海と公海を股にかけ行動し、多くの国の人間が関与し、その取締りには国際的な協力が必要である。
2000年4月、海賊対策国際会議が東京で開催された。アロンドラ・レインボー号事件を契機に海賊対策に乗り出した日本の海上保安庁が主体となり開催されたものである。同年3月、海賊対策国際会議準備会合が、シンガポールで開催された。この会議は、日本財団の提案により、海賊事件の多発地帯であるマラッカ海峡に近いシンガポールで開催され、同財団が、開催費用の提供と運営企画を行った。海賊は、複数の国の領海と公海を巧みに利用し、犯行を重ねる。航行する船舶も乗員の多国籍化、便宜置籍船制など複雑化している。
アロンドラ・レインボー号事件の例では、船主は日本、船籍はパナマ、船員は、日本人とフィリピン人、出港した国はインドネシア、掌捕した国はインド、船員が助けられたのがタイ、逃げる途中マレーシアの港にも入っている。また、積荷はフィリピンで密売されたことが判明している。これだけでも7カ国が関係国となる。海賊問題を考えるにあたっては、国際的な視野で考えなければならない。国際的な情報連携が不可欠なのである。
私は、数多くの国際的な海賊会議に参加してきたが、日本の主体的な役割に期待する声が強い。今、アジアの国々は、日本型の沿岸警備体制を構築しようとしている。既にフィリピンは、海軍からコーストガードを分離し、日本の海上保安庁の協力指導を受けている。マレーシアは、2005年に沿岸警備機関を新設する。インドネシアも検討に入っている。他国と領海を接している東南アジアの国々は、軍事衝突を懸念し、海上警備機関の充実を模索しているのである。今後は、海上警備機関で働く人材の育成も重要となる。
また、海賊対策にとって、船主側の自主警備体制の充実も重要である。日本財団では、船員の意見を聞き、安価で設置が容易な海賊警報装置を開発し、船会社に設計図を提供した。既に百数十隻が設置したと聞いている。また、大手船会社は、独自に船員教育、船舶の運航管理システムの開発を行っている。日本の船は武装警備できないのが実情である。知を働かせた海賊対策が重要である。
船会社は利潤追求のため、便宜置籍船制、外国人船員による運航が主流となっている。これでは、国家として安全を保障することが難しい。また、日本を取り巻く海上において国家間紛争など、不測の状況が発生した場合、船不足、船員不足により日本への物資の輸送が滞ることが予測される。
日本政府は、有事の際に備え、船と船員確保のため、税制をはじめ制度的な面の改善を含め、さらに検討が必要と考える。船会社側にも長期的な視点に立っての経営、船会社としての社会的責任を考慮した企業運営を求めたい。
官民の協力により、海賊および海上テロに対する備えを行うことが重要である。日本財団としては、そのつなぎ役として今後も提言と行動を行いたい。海上安全においては、官民協力した「日本人のちから」がアジアの国々を先導して行くのである。
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