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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 鳥インフルエンザで大量殺処分?動物愛護団体の沈黙はなぜ?  
コラム名: 透明な歳月の光 99  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/03/05  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   鳥インフルエンザのウイルスが検出されて「処理」される鶏の数を聞き、その光景を見ると、私はやはり平静ではいられない。もともと優しくない性格だから、すぐに忘れていられるけれど、鶏の世界ではアウシュビッツの虐殺に当たる悲痛な事件だろうと思われる。何しろ人間を救うために、十万単位で命が処理される日もあるのだから。

 考えてみると、私は養鶏場という所に入ったことはないのだが、よく知っているような気がするのは、テレビでさんざん見せられたからだろう。

 あんなにたくさんの鶏を一度に処理してしまったら鶏肉が払底するだろうと思っていたら、ブロイラーは孵化後50日ぐらいで、大きくなったものから肉用として出荷できるという。50日で「食べられる」ようになるなら、私が栽培している菜っ葉くらいの早さである。だから処理してもまた孵化させれば、たった50日で食料として市場に出せるのだ。

 事件が始まってから、鶏舎の映像もよくテレビに出て来た。きちきちのケージに入れられた鶏は、歩くこともできない。ただひたすら首を出して餌を食べる。私は小説家で感情的だから、鶏の顔は引きつって、眼つきもストレスの塊のようだと思う。

 鶏は6カ月から9カ月卵を生ませ、産卵量が減ったものから処理するのだという。バタリー式のケージで飼っていれば、どの鶏が卵をよく生むかもわかり、生まない鶏から処理できる便利さがある。

 私は雌鶏を1羽とチャボの番いを、それぞれに飼ったことがあった。私は雌鶏を始終抱いてペットにしていた。鳥インフルエンザなどというものは全く知らなかった時代の話だ。チャボは毎日放し飼いにする時間を取り、彼らは海風の中を自由に歩きながら虫や野草を食べたが、その間人間はチャボがトビに襲われないように番をしていた。これらの鶏は、どちらも欲しいという人にあげてしまったから、私は最期を見届けていない。

 今回、鶏をどうして「処理」するのか恐る恐る聞いたら炭酸ガスを袋に入れて眠らせて絶命させるという。それで私はいくらかほっとした。苦しくないなら何とか許せる。

 しかしこういう時期になると、動物愛護の人たちは完全に沈黙している。どうしてなのだろう。こんな「大量虐殺」は彼らの心情に反さないのだろうか。それは死刑反対論者が、麻原彰晃やその弟子たちの死刑判決に対して、何も言わないのと同じである。

 考えようによったら、人間も最後に死ぬのは同じである。しかし生きている間、私たちは人を幸せにしたいと思う。鶏にはそうした配慮が与えられていないから、ストレス過剰で抵抗力が減り、病気もあっという間に蔓延するのだろう、と私は勝手な想像をしている。
 



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