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著者: 笹川 陽平  
記事タイトル: カンボジア「国民の父」?シアヌーク国王の孤独感  
コラム名: 新地球巷談 31  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/02/23  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   カンボジアのシアヌーク国王は20世紀末の国際政治のうねりに翻弄され、国家元首の座からの放逐、返り咲きを繰り返しました。政治的変わり身の早さから、一国の元首としてこの人ほど毀誉褒貶(きょほうへん)の多い人も珍しいでしょう。しかし、アジア現代史をひもとくとき、貴重な歴史の証人であることは間違いありません。

 昨年末、そのシアヌーク国王と親しく話す機会がありました。日本財団では義手義足を作る学校の建設、ろうあ者の辞典作成や盲人の教育など多くのカンボジア支援活動を実施しています。そのうちの1つ、4年前から展開してきた旧ポル・ポト派支配地域での小学校建設計画で目的の百校目が完成、現地での記念式典に出席しました。その折、首都プノンペンの王宮でお会いしたのです。

 5色の草花が咲き乱れる居住宮プラサト・クメリートの玄関で待っておられた国王は、血色もよく81歳とは思えないほど矍鑠(かくしゃく)とされ「ありがとう、ありがとう」と満面笑みで出迎えてくださいました。美男美女カップルとうたわれたモニーク王妃と共演して恋愛映画を製作、カンボジア国民、特に女性の紅涙を絞ったことで有名ですが、その面影は健在でした。

 アンコール王朝直系のノロドム家に生まれたシアヌーク殿下が、カンボジア国王に即位したのは1960年。フランスからの独立を経て自ら社会主義国家へと政体を変更、ベトナム戦争時の反米路線からモスクワ訪問中に起きたクーデターで海外追放されました。悪名高いポル・ポト政権への肩入れ、ポル・ポトに迎えられて帰国した後の幽閉、そして再度の海外流浪と流転の人生でした。

 1時間半に及んだ会談では、モニーク王妃を含め6人の妃との間に14人の子供をもうけ、うち7人がポル・ポトに殺害されたこと、生存する子供たちも反目し合い親子の情が通じないこと、カンボジアには皇太子制度がなく、次期国王は憲法上、首相をはじめ9人の選定委員会に委ねざるを得ないこと、国父として国民は慕ってくれるものの王家内では孤立した身であることなど、四分五散したノロドム王家の現状と悔しさを赤裸々に吐露されました。また、自らが推す次期国王の名まで明らかにされたのには正直驚かされました。

 世上伝えられる北朝鮮との「緊密な関係」について質してみると、答えは明確でした。70年モスクワ訪問中に起きたロン・ノル将軍によるクーデターで流浪の身となった国王を案じ親身になって庇護してくれたのが中国と北朝鮮、特に故金日成主席は平壌に専用宮殿を用意し長期にわたり破格の扱いで遇してくれ、北朝鮮を故郷のように感じるとして一種望郷の念のあることを強くにおわせていました。もっとも金正日総書記とは一度の面談もなく、国王として公式訪問した折も結局顔を合わせる機会がなかったとのこと。現在の北朝鮮は、日米両国に劣等感を抱き、中国には大国であるがゆえに信頼を置いていないなど孤立した状況を挙げ、仲介役を果たす国や人物の存在しないことを嘆かれていました。

 私がかつてカーター元米大統領の訪朝実現に一汗かいた話に及ぶと、国王はレーガン政権誕生で米国との関係が改善された79年、金日成主席の強い要請でニクソン元大統領とキッシンジャー元国務長官を北朝鮮に招請すべく努力したが徒労に終わったとの秘話を披露。いささか残念そうな表情を浮かべられました。

 カンボジアは昨夏の総選挙の後、首班選出ができないままフン・セン首相がその職にあるという異常事態が続いています。国会議員の3分の2の賛成がなければ首班選出できないのです。憲法で政治への関与を禁止されているシアヌーク国王ですが、調停に強い意欲を示されています。話の合間に入る「国民の父」との言葉に国政へのいらだちが見受けられました。

 年2回、計6カ月間の中国での医学的治療と保養で健康を維持されていますが、外見の陽気さや磊落(らいらく)さとは裏腹に、顧みられることの少なくなった国王の老いの孤独に栄枯盛衰の言葉がよぎりました。別れのあいさつにと玄関口に立った国王の周りには濃紺の半袖シャツを着た屈強なボディーガードが不動の姿勢をとっていました。北朝鮮から雇った国王専用の警護要員です。なぜ、一国の元首が身辺警護を外国からの傭兵に委ねなければならないのか、複雑な思いがよぎりました。
 



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