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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: イラク再建?部族対立見越した戦略を  
コラム名: 透明な歳月の光 97  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/02/20  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   2月19日付の「世界日報」に掲載された時事通信の記事はサマワに関する大切な点をきちんと伝えてくれた。

 2月12日にサマワ市内で起きた迫撃砲事件は、サダム・フセインの残党と見られる反米勢力が、サマワの部族勢力の一部と接触して、闘争用の資金提供を始めた形跡があると報じたのである。

 自衛隊がサマワに入った時、日本の新聞報道は、部族全部が挙げて自衛隊を歓迎した、という書き方をした。しかし17とも22とも言われる部族が一致団結するなどということは決してない。彼らは自分が属する部族の利益を追求するわけだから、対立が基本である。だからサマワで比較的親日的部族が少しでも多くの利権を得れば、落ちこぼれの部族は必ず反対派に廻る。サマワの部族の対立がこうして初めて伝えられたのは、やはり大切なことだ。

 こうした部族抗争の図式は、とうていなくならないであろう。アメリカがいかに知恵を絞っても、「イラク国家」などという概念で統一させることなどできるわけがない。

 去年11月21日付のこの欄で、私はアメリカがジョン・アビザイド陸軍中将を中東軍司令官に任命したことは思慮に欠ける人事だという意味のことを書いた。この人はレバノン系のアメリカ人で、アメリカ人として育ちながら、中東の大学を出てアラビア語もできる。アメリカという国は人種の如何を問わず、能力のある人を公平に重用する国だというところを見せたかったのだろうが、イラクに住む人たちはそうは見ない。中将は、イラクの土地に勝手に入って来たアメリカの軍服を着た裏切り者だと見るだろう。果たしてアビザイド中将はバグダッドの西方約50キロにあるファルージャで、2月12日に襲撃された。中将は危うく難を逃れたが、この人はどれほど辛い思いをしているか。

 イラク中が部族の勢力対立で動いている。サウジ、ヨルダン、シリア、イラン、クウェートに囲まれた土地を、私たちはイラクと呼んでいるだけで、イラクと言う国家(ネーションステート)は存在しないのである。

 部族社会というものは、やはり近代国家としての骨組みを作ることを妨げる。しかしイラクは、牧畜を主体とする社会だったから、歴史的に部族の絆に頼るしかなかった。しかし日本は農耕民族だったから、血縁よりも土地に帰属する意識が強くなった。それが日本が近代化に成功できた幸運な素地だった。

 すぐには解決しそうにない貧困と、歴史的な部族対立の社会状況があれば、抗争は決して止まない。「誰かのために水道(電気)を引けば」、その恩恵を受けない部族が、その施設をぶち壊そうとする。それを見越して、方針を立てることが政治と戦略だろう。
 



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