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テロという行為は、古今東西を問わず行われて来た。
現在、最もテロが横行している地域は中東である。実は中東には、昔からテロの伝統があった。著名なのは、11世紀から12世紀にかけてシリアの山岳を根拠地としたイスラム・シーア派のテロ・グループである。このグループは、当時の体制派だったスンニー派の知事や将軍、さらには十字軍の幹部を暗殺することを業としていた。彼等は出発前に大麻を用い、その幻覚作用で死後の楽園を夢見るのを常とした。彼等は、十字軍により、大麻の名称ハッシシュがなまった「アサシン」と呼ばれた。英語で暗殺者のことをASSASSINというが、語源はここにある。
最近10年位の世界を見ると、テロ事件の多い国としては、イスラエル、インド、スリランカ、米国、ロシアなどが挙げられる。米国本国に対するテロとしては、2001年9月11日の航空機を乗っ取っての自爆テロは万人の記憶に残るものである。米国の場合、海外の米国軍基地や米国大使館などの公的施設がテロに見舞われる件数が多い。
現代のテロの特色は、自爆によるテロの増加である。自爆テロは、1970年代末迄は稀であった。件数が増え始めたのは80年代に入ってからである。ある研究によれば、1980年から2002年迄に全世界で起こったテロ事件の全件数のうち、自爆ないし自殺テロは僅か3%であるが、テロにより殺害された人数の約5割は自爆テロによる。
自爆テロリストは、多数の相手を確実に殺傷することを狙い、また信仰として死後の世界への安心感を抱いていると推察されることが多い。それにしても、自らの生命を犠牲にしてまで憎い敵を倒そうとの決意に至るには、様々の背景がある。
中東の多くの国では、貧困により絶望した人間がテロを起こした例もあるが、自爆テロの動機ははるかに複雑である。
現に9月11日事件で自爆した犯人19名のうち15名はサウジアラビア人であったが、全員インテリで貧困層の出身ではなかった。政治信条、宗教観、唯一の超大国米国やイスラエルヘの反感などがからみ合っていると見るべきだ。
現在イラクではテロとゲリラ戦的攻撃の双方が頻々と起こっているが、両者を峻別はできない。ブッシュ大統領が主要戦闘終了宣言を行った5月1日から3ヵ月間は、専ら米英軍に対する攻撃であったから、占領への反撥ないし復讐の動機によるものと考えられていた。米軍の犠牲者は平均1ヵ月25名程度であった。ところが、8月に入って、テロの対象は、ヨルダン大使館、国連の現地本部、石油パイプライン、さらにはシーア派の指導者などに拡大した。8月29日のナジャフにおけるアル・ハキム師へのテロでは同師に加え100名以上の死者が出たが、全員イラク人であった。伝統的なスンニー派とシーア派の対立に加え、アル・ハキム師が、米英占領軍に協力することは止むをえないとの考えの持主だったことが、同師殺害の原因であったと見られている。10月下旬以降の特色は、ソ連製の個人携行用地対空ミサイルによる米軍ヘリコプターの撃墜や、臼砲によるバグダッド市内のホテル等への砲撃などが増え、また、米国に協力する国を攻撃するケースも増えていることだ。テロリストの動機がより政治的となっていて、米英軍のイラク撤退をもたらそうとの目的がより露骨になっている。10月下旬から本稿擱筆までの1ヵ月半に平均毎週20名以上の米軍戦死者が出た。11月12日には比較的安全と考えられる地域に駐留していたイタリア軍へのテロ攻撃が行われ、20名近いイタリア兵士が死亡した。その後米国の重要同盟国たるトルコで相次いで爆破テロが起こった。11月29日には奥克彦氏と井ノ上正盛氏の2人の日本人外交官が銃撃によって死亡したが、同日7名のスペインの情報機関員、翌30日に2名の韓国民間人も殺害されている。犯人は、大別して、サダム・フセインと特別の地域的血族的つながりを持つ旧イラク軍将兵ないし旧バース党党員と、国境を越えてイラクヘ潜入したアルカイダ・グループやその他のイスラム過激思想のアラブ各国人の2つのカテゴリーと考えられる。彼等が日本の自衛隊員に特別に配慮する理由は皆無であるから、わが自衛隊員を標的とする、自動車などを使った自爆テロあるいは潜伏地からの砲撃も十分ありうる。奇異な憲法解釈により、自衛隊員の武器の行使に制約を課している現行法の規定は、極めて非現実的で、無責任である。
自爆テロが多いという点ではイラクと似ているが、政治的情況が著しく異なるのは、イスラエルに対するパレスチナ人のテロである。私は、世界平和のためには中東紛争問題の方がイラク問題よりはるかに深刻と考えている。目下のイラクは、米国、英国、及びこれに協力する諸国の政府や軍隊と、イラクの旧軍の残党や過激イスラム要員との我慢較べの段階であるが、米英や日本側のねばり勝ちは十分可能である。又、一旦事態が安定すれば、尨大な石油資源を有するイラクは、経済的に周辺の国々以上に繁栄する潜在力をもっている。
他方、中東紛争の舞台となっている土地は、イスラエルの領土が日本の四国程度、アラブ系のパレスチナ人の国家が生まれる場合に想定されている領土は栃木県程度という狭さである。この土地をめぐって既に55年間紛争が続いており、解決の目途は全く立っていない。米英軍のイラク攻撃が一応終わった時点で、米国が中心となって策定した和平への「行程表(ロード・マップ)」なるものがイスラエル・パレスチナの双方に示された。それによれば、本格的交渉に入る前に、イスラエルは西岸ガザ地区での入植活動を凍結し、一部の既存の入植地は撤去すること、パレスチナ人側は一切のテロ行為を取り止めることとされていた。この指針に基づき両者間に一応の停戦合意も成立したのだが、8月19日パレスチナ側による自爆テロが起こり、停戦は2ヵ月も持たないで崩壊し、「ロード・マップ」は破綻してしまった。両者間の力関係では、強力な正規軍を有するイスラエルの方が遥かに優位にあるが、イスラエルのシャロン首相は、まずパレスチナ側が一切のテロを断念せよと要求し、これが確認される迄は入植地問題をはじめとして譲歩には応じないとの態度をとり続けている。
過去3年間にイスラエルに対して行われたパレスチナ人による自爆テロは100件を上回る。その中には、少女がひそかに腹部に爆弾を巻きつけてイスラエルヘ入り、テルアヴィヴやエルサレムの喫茶店やバス停留所などで引金を引いて自爆するものが少なくなく、時として何十名というイスラエルの一般市民が犠牲となる。これに対しイスラエル側は、パレスチナの強硬派団体たる「ハマス」や「イスラム聖戦団」の本部を爆撃したり、これら団体の幹部を殺害するなどの報復措置をとるのを常とする。これでは全くの悪循環である。
テロは本来不毛の行為であり、大多数のテロは何ら建設的な結果を生んでいない。にもかかわらずテロは続くであろう。日本はオウム真理教による地下鉄サリン事件以来大きいテロ事件に遭っていないと言えるが、世界の大勢を見れば日本を対象とするテロは十分起こり得る。テロに対しては万能の対抗手段はなく、出入国管理を厳しくしたり、国際協力によりテロ集団の資金源を断つことなどに努める他ない。日本国民としては、テロによる脅迫には決して屈しないとの態度をとるための心の準備が最も重要であろう。
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