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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 学歴詐称問題?異常なマスコミの騒ぎ方  
コラム名: 透明な歳月の光 94  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2004/01/30  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   民主党の古賀潤一郎衆院議員が果たしてアメリカの大学を卒業したか、それとも単位が足りなくて正式には卒業していなかったか、という問題で、一番恥ずかしかったのは、マスコミの騒ぎ方である。

 テレビで見ると何十人という異常な数のマスコミが、どこの空港か知らないが、おしかけて「古賀さん! 古賀さん!」と談話を取るために叫んでいる。外国の人が見たら、この人物は人殺しをしたか、日本全体の通信・情報網に壊滅的な被害を与えたハッカーか、どんな大物だろう、と思うだろう。殊に今はイラクでは毎日のように死者が出て、世界的にテロに関心がある時なのだから。

 学歴に関して不正確であっていい、ということはない。何しろ国民の代表になろうという人なのだ。細部まで身を正し、あらゆることを厳密に考える性格でなければ、政治に携わる資格がない、というのも一面の真実であろう。

 その夜、私は学歴について考えた。私の卒業証書はどこに行ったか行方もわからない。夫の卒業証書は見たことがないので、私は長い間、本気ではないが、学歴を疑っていた。或る年、百周年記念事業として卒業生に図書館整備のための寄付をしてくれ、という通知が来た時、やっと本当に卒業しているらしい、と思った。

 その後、夫は「卒業証書が出て来た」と笑った。卒業式の日、こんなもの二度と要るものかと思って、16に折り曲げてポケットに入れて帰った。卒業証書が要るような仕事にはつかない、と思ったからだという。資格より実を見てくれる世界で生きたかったのであろう。家に帰るとさすがに母がそれを伸ばして取っておいてくれた。

 「あの人が卒業証書を取っておいたのは、僕のためじゃなくて、せっかく授業料を出したのに、その証拠がなくなると困ると思ったんだ」

 と夫は笑う。

 最近の文学の世界は知らないが、私の若い頃、この世でまともなものは、あまり評価されなかった。作家になるには「『女(男)、病気、金』に苦労したような奴でないとだめだ」と言われていた。

 いい作家と思われるには、借家、肺病、電話なし、学歴は「中退」の方がカッコよかったのである。作家の中で、経歴に「中退」と書いている人でも、本当は卒業している人もいるかもしれない、と思うくらいだ。そんなことがバレてもまた、我々の世界では「あいつ、見栄はっちゃって『中退』なんて書きやがってさ。本当は卒業してんだってさ」で終わりなのである。

 もちろん、中退より卒業。でたらめより正確がいいに決まっている。しかしそうでない「心意気」の世界もあるのだ。新聞記者までが、そういう陰影がわからなくなっているのは、寂しい限りである。
 



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