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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: サダム拘束?アラブ人反発招く屈辱的映像  
コラム名: 透明な歳月の光 89  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/12/19  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   狭い穴の中に身をひそめて逮捕を免れようとしたことで、多くの人がオウム真理教の麻原彰晃とサダム・フセインはそっくりだと言っている。

 私は66歳のサダムの髪が、9カ月に近い逃避行にもかかわらず真っ黒なことにびっくりした。羊飼い並みの汚さにも平気で耐えられるのは、放牧民的な生活習慣に馴れているからで、お風呂などに執着する人間は弱いのである。

 しかしもし私がアメリカの総司令官なら、マスコミに公開したサダムの映像をもう少し違ったものにしただろう。

 医師がサダムの口を開けさせているのは、仕方のないことなのだ。歯の金冠の中に自殺用の毒薬を入れているというような話はよくあるし、何よりDNAの鑑定結果が出るまで、この男が果たしてサダムなのかどうかは、差し当たり歯の治療跡で判断するしかないだろうと思われるからである。しかしこのような屈辱的な構図だけは、アラブ人の眼に触れさせないようにしたと思う。たとえサダムのような罪を犯していたとしても、である。

 馬やラクダなら、売買する時、歯を見て買う。イラクに住む人たちは、アメリカ人がサダムに口を開けさせて馬かラクダ並みに扱った、と感じただろう。テレビに撮るなら、彼が飲んでも飲まなくてもまず水を供し、それから「イラク国民何十万人を殺した嫌疑によって逮捕する」とアラビア語で言えばよかったのである。

 アラブ人は誇り高い人たちだという。一般的な問題として、実質もないのに、誇りだけ高いのも、ほんとうはおかしなものなのだが、サダムが本質的に力を失った今、サダムに向けられた無礼と無慈悲は、すべて自分たち全員に向けられたとイラクの人たちは感じるかもしれない。

 たとえば、或る家に暴力を振るう父がいて、隣家の人が見るに見かねてこの父親をねじ伏せたとすると、その家の人たちを助けてもらったことを感謝せずに、なぜうちのお父さんに手出しをするの、と怒るようなものである。

 私のアラブ理解によると、誰でもいいから西側と繋がりのある者を襲う、という現在のイラクの空気は当分なくならないと思う。日本の自衛隊が、サマラ付近で学校や診療所などを再建するために大勢の村民の雇用を創出すれば、部族長はその利益のために自衛隊を守るかもしれないが、それ以外では状況は少しも変わらないだろう。

 12月16日付の産経新聞が報じたように、自衛隊がテロリストに攻撃されて一定の割合で人員に欠員ができたり、活動のための資材が破壊されたり、宿営地が攻撃される場合には撤退することもある、などという話が一度でも洩れれば、テロリストはかならず攻撃するものだと思う。
 



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