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著者: 山田 吉彦  
記事タイトル: アジア・コーストガード・アカデミー構想の背景  
コラム名:    
出版物名: 新潮社  
出版社名: 新潮社  
発行日: 2003/11  
※この記事は、著者と新潮社の許諾を得て転載したものです。
新潮社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど新潮社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   この9月、海上保安庁の大型巡視船「しきしま」は、オーストラリア沖で行なわれた「拡散安全保障イニシアティブ(PSI)」に基づく初の合同阻止訓練「パシフィック・プロテクター」に参加した。参加は、米国をはじめとする関係国からの強い要請に基づくものであった。海上保安庁が国際的な役割を果たすことへの期待が高まっているのである。

 昨今、アジア地域でも各国の海上保安機関の海上警備、海難救助分野における協力関係の構築が進められている。その中心は、日本の海上保安庁である。英語でJapan Coast Guardと呼ばれる海上保安庁は、アジア海域の海上秩序維持のために積極的な活動を開始している。

 こうした海上保安庁の国際化は、アジア海域において多発する海賊事件への対応とともに進められて来た。近年は、アジア諸国の海上警備機関との海賊対策・救難活動の合同連携訓練を、年に2〜3回の割合で実施している。また、南シナ海などの公海上で、小型ジェット機ファルコン900やヘリコプター搭載型の巡視船で哨戒活動を行なっている。現在では、海賊問題だけでなく海上テロヘの対応も重要な課題となっている。

 アジアの海上治安維持は、日本にも直接的な影響がある。日本人の生活を支える石油の80%が、中東からVLCCと呼ばれる大型タンカーに積まれ、アラビア海、インド洋を越え、マラッカ海峡を通過し、南シナ海を経て日本へと向かう。「日本の生命線」と呼ばれるオイルルートである。ペルシャ湾のクウェートから横浜まで、およそ6800マイル、約3週間の航海だ。その間、船は、さまざまな危険海域を通航しなければならない。日本の安全保障のためには、アジア全体の海の安全を考えることも重要なのである。


≪ 海賊の武装化に拍車が ≫

 2003年上半期には、海賊事件が多発した。IMB(国際商業会議所国際海事局)海賊情報センターの報告によると、1月から6月までに起きた海賊事件は234件。1989年、同センターが統計を取り始めてから最多となっている。

 しかも、今年に入って海賊の武装化に拍車がかかっている。8月8日、インドネシア・アチェ沖のマラッカ海峡をシンガポールに向け航行中の台湾の貨物船「トン・イー号」が、2隻の小型船に分乗した海賊に襲われた。海賊は、2時間にわたり同船を追尾し、自動小銃による銃撃を繰り返した。貨物船はどうにか逃げ切ったが、船長が足に銃弾を受け負傷した。

 8月10日、同じマラッカ海峡内のインドネシア領海においてマレーシア船籍の小型タンカー「ペンライダー号」が漁船に乗った10人の海賊に襲撃された。海賊は、自動小銃、グレネード・ランチャー(小型の榴弾=爆弾を発射できる銃器)を発砲し、船を停止させ乗船し、船長・機関長・2等機関士の3名を人質に取り逃走、船主に身代金10万ドルを要求してきた。海賊は、Tentera Negara Acheh(TNA)と名乗っている。インドネシア語で「Tentera」とは軍隊、「Negara」は国家であり、TNAとは、アチェ国軍という意昧になる。

 マラッカ海峡においては、これまでも海上テロ的海賊事件が多発上てきた。2001年夏、アチェ独立派の自由アチェ運動(GAM)は、「マラッカ海峡を通航する船舶は、GAMの許可を受けなければならない」と一方的に宣言した。そして、同年9月、実際にホンジュラス船籍の貨物船を襲撃し、船員を人質に取り身代金を要求する事件を起こしている。

 IMBは、マラッカ海峡を海賊危険地域と指定して、この海峡を通過しようとする船舶に対し、頻繁に海賊警報を発している。しかし、インドネシア、マレーシア、シンガポールの沿岸3国の領海が入り組んでいて、各国の主権の下、警備態勢はばらばらである。また、島陰も多く、海賊たちの絶好の稼ぎ場となっている。

 一方、中東方面では2002年10月6日、イエメン沖に錨泊中のフランスの大型タンカー「ランブール号」に小型船が体当たりする自爆テロ事件が起こった。テロ組織アル・カエダによるものと見られている。

 この事件を契機にIMO(国際海事機関)は、海上テロ対策を最優先の課題とし、様々な国際条約の改正に取り組み始めている。そのひとつが、SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)の改正であり、船内の自主警備態勢、港湾管理の警戒態勢の強化が義務づけられることになる。

 いまや広く知られているように、日本近海では、北朝鮮の武装工作船が頻繁に出没していた。2001年12月、海上保安庁に追跡され、中国の排他的経済水域(EEZ)内で自爆沈没した工作船が、90メートルの海底から引き揚げられ、現在、東京にある「船の科学館」に展示されている。

この工作船事件で、日本国民の「海の安全保障」に対する関心は、それ以前よりかなり高まった。今年の5月31日に展示を開始して以来、既に120万人もの人が工作船を見に訪れている。来年2月までの展示期間中、最終的には200万人近い見学者が見込まれる。工作船内から発見された武器類は、ロケット・ランチャー、地対空ミサイル、自動小銃など、この船が臨戦態勢にあったことを示す重武装で、日本周辺の海の安全確保がまさしく喫緊の課題であることを示すものであった。


≪ 高まる海上警備の重要性 ≫

 アジアの海図に日本の生命線を書き込んでいく。そうすると、危険海域の中を縫うように線が現れてくる。日本の生命線は、アジア各国にとっても重要な意味を持つ海域である。アジアの海上安全は、今後、各国の海上警備機関の連携に頼るところが大きくなるだろう。

 このアジア海域の安全を西太平洋上の島国の連携により守っていこうとする考え方が民間機関の中から生まれている。民間シンクタンク・東京財団(日下公人会長)による「アジア太平洋島国連携プロジェクト」(座長・竹田いさみ獨協大学教授)である。

 このプロジェクトでは、アジアの海上安全のため各国の海上警備機関の連携を促そうとしている。各国の海上警備機関は、コーストガード(沿岸警備)の枠を越え、自国の近海の警備にも目を向け、海上警備機関同士が連携・協力し、アジアの海の秩序を維持していこうとするものである。この動きは、ひいては日本の生命線であるアジア海域の航路の安全を守ることにもつながる。そのための「海上警備機関は、同一の国際法の下、海上犯罪の防止のため協力しよう」という提言だ。ここで言う「同一の国際法」とは、国連海洋法条約となる。

 北朝鮮工作船を海上保安庁が中国のEEZ内まで追尾できたのも、国連海洋法条約第111条に定められた追跡権による。そこでは、国内の法令に違反した船舶を領海外でも追尾する権利が認められており、この追跡権は、被追跡船舶の旗国もしくは第三国の領海に入るまで継続される。また、国連海洋法条約では、いずれの国も公海その他いずれの国の管轄権にも服さない場所において海賊行為を行なった船を拿捕し、海賊を逮捕することができるものとし、拿捕した国の裁判所は、科すべき刑罰の決定も認められている。

 公海上の海上警備を沿岸国の協力で行なうための基本的な合意事項が、国連海洋法条約には盛り込まれている。この条約に署名した国は、すでに160カ国にのぼる。国連海洋法条約を柱に各国の海上保安機関による警備の役割分担を明確にすることは、海上治安にとって有効な手段となり得よう。

 しかし、この条約にも問題点は多い。国連加盟各国の思惑もあり、それぞれの国の立場を配慮したため、多くの条項で玉虫色の表現が目立つ。また、海底資源開発に関する国内意見の未調整などから米国がこの条約を批准していないこともあり、同条約の実効性を疑問視する向きもある。

 アジア各国の協力を考えるにあたっては、各国機関の態勢、装備のレベルアップが必要となる。また、職員の知識の向上、国際法規に対する認識・見解の均一化を図ることも重要である。そのために、前述のプロジェクトでは、各国海上警備機関の連携の核として、アジア・コーストガード・アカデミー(アジア国際海上保安大学校)の設立を提案している。各国の海上警備に関わる指導層の人材育成が目的である。

 アジア各国においては、海上警備機関を軍部から切り離し、独立した存在として位置付けるのが主流となっている。海上における国境紛争、民族・宗教衝突事件が多発しているマレーシア、インドネシア、フィリピンでは、軍部の直接介入は軍事衝突に発展する恐れがあるため、警察権によって対処していく方向にある。フィリピンでは1998年、沿岸警備隊が海軍より分離独立している。マレーシアでは、海軍、海上警察、運輸省海事局に分散していた海上警備の任務を統一した組織の新設を決定している。インドネシアでも沿岸警備隊の新設が政府内部で検討されている。この3カ国の念頭にある海上警備機関像は、日本の海上保安庁のようだ。

 アジアにおける海上警備の重要性が高まる中、アジア・コーストガード・アカデミー構想は、時宜を得た提案だと思われる。海上保安庁がイニシアチブを発揮することで、実現の可能性も高くなろう。日本の生命線は、日本人だけで守れるものではない。アジアの国々と実効性のある協力関係を構築し、日本の安全を考えていく必要がある。
 

「IMB(国際商業会議所国際海事局)海賊情報センター」のホームページへ(英文)  


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