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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 終身比例代表1位?すべきではなかった約束  
コラム名: 透明な歳月の光 82  
出版物名: 産経新聞  
出版社名: 産経新聞社  
発行日: 2003/10/31  
※この記事は、著者と産経新聞社の許諾を得て転載したものです。
産経新聞社に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど産経新聞社の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   先日来、お2人の元総理に、定年制を適用するかどうかの問題が世間を賑わせた。

 橋本元総理が、中曽根氏に対して、比例代表において終身一位を約束したというエピソードは恐らく有名な話なのだろうが、うかつにも私は知らなかった。こういう約束はする方が無茶である。中曽根氏は何歳になっても頭の切れる方だが、私の周囲には或る日、突然、脳に血管障害が起きる人がいくらでもいる。

 脳の血管障害は、全く呆けてしまうものから、何となく人格が変わった、と思われる程度の軽いものまでさまざまあるから扱いが厄介である。極言すれば、判断がわずかに狂い出した人でも生涯比例代表で一位となり、政治家としての生活を続けることになる。もちろん常識的に周囲の人が身を引かせるから大丈夫ということになるのだろうが、けっこうそうでない場合があって、関係者は往生している。

 小説家の場合も例外ではない。ただ作家は大勢の運命を担ってはいないのと、文章や行動がおかしくなれば、編集者が自然に「書いて下さい」と頼みに来なくなるから、そこでどうやら安全弁が働くだろう、と私は頼りにしている。

 先日、ヨーロッパから休暇で帰ってきた日本人の神父と、バチカンの教皇の病状についての話が出た。ヨハネ・パウロ2世はパーキンソン病の体にむち打つようにして他国を訪問し、平和の体制づくりに働いている。

 その姿を見て、教皇はその地位にしがみついている、と酷評する人もいた。いくら教皇の権能は終身制だということになっていても、病気が進んだら、やはり後継者にその座を譲ればいいのに、というわけだ。

 私は周囲にパーキンソン病の人を5、6人知っているが、この病気も奥が深い。行動が不自由になり、手がふるえたり、投薬のせいで突然数十秒間眠りこけたり、声が小さくなったりする。しかし認識や判断は衰えていない人が多い。

 教皇の側近も、初めは病変を隠そうとした、という。テレビ局がアップで撮るのを禁止したり、私たちが身内にこの病人をかかえた場合と同じような配慮をしたらしい。

 しかし最近、バチカンはそうしたことをやめた、という。健康も若さも、病気も老いも、すべて神から人間に与えられた贈り物であり、試練である、という考え方に立った。

 今や教皇は、病気を受け止め、耐える人間そのものを示す存在となった。かつてポーランドがまだ鉄のカーテンの向こうにあったころ、ポーランド人は同国人の教皇の前で歌を歌い、涙を隠す教皇から励ましの力をもらった。しかし今、全カトリック教徒が病と闘う教皇を励まし、それによって彼ら自身が力を得ている。どちらがどちらを励ます立場になってもいいのだ。どちらも限りなく人間なのである。
 



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