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著者: 曽野 綾子  
記事タイトル: 秘書  
コラム名: 楽な地点  
出版物名: 財界  
出版社名: 財界  
発行日: 2003/10/21  
※この記事は、著者と財界の許諾を得て転載したものです。
財界に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど財界の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。  
   50歳くらいになった時、私は講演などのために1人で地方へ出かけると、よく同じ質問を受けるようになった。

 「今日は、お1人でいらっしゃいますか?」

 ほんとうに私はバカというかお人好しというか、その質問を全くわかっていなかったのだ。私は講演会を利用して、ヒミツの男友だちでも同伴しているのか、と聞かれたのかと思ったのである。しかし現実には、相手は私が秘書を連れてきたのかどうかを聞いているだけであった。

 何で? と私は不思議な気分だった。私はまだ脳梗塞を起こしてもいないから、切符の管理も、短い時間のうちに乗り換えることも何でもできる。それなのに、どうして病気でもない人が、秘書を連れて歩く必要があるのだろう。

 もちろん秘書は、偉い人が到着地で出席する会議、面会、などに必要な書類一切を携行して、あらゆる経緯を把握しているのだということは知っているが、ほんとうに必要かどうかわからない時でも、まだ若いのに秘書を連れて歩く人を見ると、野暮な人だなあ、そうでなければ体が悪いんだろうなあ、と今でも思う。

 我が家の夫も何でも自分でする性格で、むしろたいていの人より自分の方が全体を抑えていて、時には方向感覚もあり、行動も機敏で、ものの整理も管理もできると少し思い上がっているふしがある。

 時々講演旅行から帰って来ると、同行した自分よりはるかに若い作家が、出迎えの人に「お荷物をお持ちしましょう」と言われると、当然のように威張って荷物を持たす様子をおもしろそうに私に話してくれることもあった。「しかも持たせた相手が明らかに年上なんだ」

 夫は笑う。

 新幹線の中で、秘書がずっと隣席でメモを取ったり、質問に答えなければならないほど仕事が立て込んでいる人は別として、秘書までがグリーン車に乗らねばならないこともない。私は自分でお金を稼いでいたから、若いうちから経済的に余裕はあったのだが、30代でグリーン車や飛行機のファースト・クラスに乗ることなど、原則として考えたこともなかった。しかし官公庁も、会社も、所詮出張費は他人の金だから、平気で秘書をグリーン車に乗せる。私の働いている財団では、40歳にならないと、どんなにポストは上でもグリーン車やビジネスクラスには乗せない規則である。

 片時も秘書が傍にいないと、資料も出せなければ、電話もかけられない、メモも出て来ない、連絡の方法も知らない、という上司は、もうそれだけでぼけているか、ぼけの予備軍だろう、と思って自戒したらいいのである。
 



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